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青い炎【小説】第七話

 次の日。これといったこともなく、その日の授業は終わりを告げようとしていた。台風前日。空は黒く、土砂降りではないが雨がふっている。風も強く、窓がカタカタ揺れていた。
「じゃあ、今日は終わり。あー、かつき、あとから生徒指導室にくるように」
 広夢とあや子はかつきを見た。かつきも面食らっている。昨日は無事にエサをゴンドウにやってすぐに帰った。おとがめだろうか。かつきは担任が先に教室を出ると、ふたりに両手をあげて首をかしげてみせた。
「失礼します」
「おう。まあ、かけろ」
 タバコくさい。隠れて吸ってたな。ゴリ松に非難の視線を向ける。鈍感なゴリ松は意にも介していない。つくえの上に、一枚の紙切れが出てきた。その上には大きく進路調査票と書いてある。希望欄は第一志望だけでなく滑り止めも空欄だ。
「そろそろ。決めるべき時期なんじゃないか?」
 かつきは察した。ゴリ松は前、におわせていたが、<鬼>のことを知っているのだ、と。
「いいか、お前が高校に行きたいってんなら、沖縄本島には行ける高校はいくらでもあるんだ」
「はい」
「お父さんに相談は?」
 するわけないだろ。かつきは言葉をのみこんだ。
「ヨシさんのことが気になっているのか? たしかにお歳だが、お手伝いさんもいるんだろう? 島のみんなで見守りするから、心配はいらない」
 かつきはなぜかゴリ松が島のしきたりを無視し、進学を進めているように感じた。それがなぜかはわからなかった。
「本当の高校に進学か、島に残り就職か、この夏休み、よーく考えるんだ。先生は昔、これで受験に失敗したやつを知ってる。いいな? 心配するな、まだ時間はある」
 先生、時間はないんです。来週には工事がはじまっちゃうから。かつきは迫られていた。逃げるか、覚悟を決めるか。
「雨が、強くなってきたな」

 進路指導室から出ると、広夢とあや子がいた。かつきはなぜだか合わせる顔がなかった。
「先生、なんて?」
「昨日のこと?」
かつきは首を振る。ふたりに事情を話し、その日は先に帰ることにした。
――あ。
 傘がない。今朝はまだ曇りだったから。うしろから広夢とあや子の話し声。何気ない普段着の会話も今のかつきには苦痛だった。かつきは豪雨の中、校庭に飛び出した。すると、校門に傘を持った香織が立っていた。
「香織さん」
「よかったー、間に合って。かつきちゃん、傘忘れてたから」
 じゃあね。香織は先に行こうとする。
「香織さん!」
 受けとった傘を開く前に、かつきは声に出していた。
「シケモクに、行きませんか?」
 香織は驚いたようにふり返ったが、笑ってうなずいた。それはなぜか、一度も見たことのない母親の笑顔のように、かつきには見えた。
 雨の中、シケモクにはマスターだけ。マスターはコーヒーと香織の注文したあったかいレモンティーを置いてテレビに目をやる。
「あの、マスター」
「マスター、ちょっとかつきちゃんとお話があるから、外していただけませんか?」
「……奥にいる」
 そう言うとマスターはラジオを片手にキッチンへ入っていった。
「これで、いいのよね?」
 かつきはうなずいた。ゴロゴロと雷の音がする。店の軒先では野良猫が雨宿りしていた。
「わからないんです。どうしたらいいのか」
「……具体的には?」
「進路、です」
 <鬼>の話はしなかった。唯一おとなで信用置ける相手の、裏の顔が見えてしまうと、と思い言えなかったのだ。
「わたしも迷ったなー。あなたのお母さん、乙鬼ちゃんと絶対この島から出るんだーっていつも言ってたわ。ふたりで同じひとを好きになって。しかも初恋。それで、追いかけようって。笑っちゃうでしょ? でも、乙鬼ちゃんはここにいることを選んだ。ああ、だからといってかつきちゃんにそうしろと言ってるんじゃないんだけど」
 かつきは相づちを打ちながら、香織の話を聞いている。風も雨も一段と強くなってきた。雷が落ちる。かつきがビクッとしたのを見て、香織は微笑み、レモンティーをひと口のんだ。
「わたしはデザイン科を出て、芸大にはいったわ。絵を描くことが好きで、これを職業にしたいと思っていたの。でもね、島にいる乙鬼ちゃんと手紙のやりとりしていて、一緒に入っている写真を見て、島でとった写真なんだけど、自分も知っている風景に、乙鬼ちゃんは恋人と映っていたわ。あなたのお父さんね。そしたらなんだか、いつの間にか「いつか帰るんだ」ってなってた。乙鬼ちゃんみたいに幸せになるんだーって」
 そのふたりの初恋は、実らなかったんだけどね。そう言って香織は笑った。言葉の端々に懐かしさと切なさが混じっていて、その表情に、かつきは自分の母親は香織と本当に親友だったんだ、と感じた。
「赤ちゃんがおなかにいるって聞いた時には、自分のことのように嬉しかった」
 香織はそこで一瞬黙った。その赤ん坊が自分で、自分が香織の親友を殺したんだと言われているようだった。しかし、香織は優しい顔をしていた。
「……悲しかった、でもね、あなたを見たときに決意したの、あなたを支えていきたいって。――ちょっと話が脱線しちゃったけど、わたしはかつきちゃんが決めたことなら応援するわ」
 かつきの目が潤んできた。香織は、多めにお金をテーブルにおいた。
「時間は、まだあるでしょ? わたし、スーパーによってから帰るから、かつきの好きな、黄金イモ、買ってくるわね」
 じゃあね。そう言って香織は店から出た。何匹かの、黄色が鮮やかなタイワンキチョウが、店のプランターで身を寄せていた。

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