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レモネード【小説】第6話

 連絡が来る前に、るねはアシュレイがきたのがわかった。静かな島だ。自分の部屋の外に、あの独特のエンジン音がわかる。携帯が鳴った。
『ついた』
 時計をみる。十二時時過ぎだ。なんども寝りそうになりながら、なんとか意識を保っていた。
『今出ます』
 客間の縁側を開けて、そっと忍び足で出ようとする。カラララ、アルミサッシは思ったより音が鳴る。
「るね、どこいくの? こんな時間に!」
 るりの声だった。母親のカンは鋭いものだ。こうなったら半ば夜遊び同然だ。完全犯罪は不可能だった。
「ごめんなさーい!」
 慌てて、家を飛び出す。アシュレイが驚いた表情を浮かべる。
「アシュレイ、出して!」
 気づいてアシュレイは切りかけていたエンジンを一速にいれた。ハーフメットをうけとり、るねが飛びのる。バイクはるりの声を遠ざけた。
「いいの? お母さん」
「いいの!」
 バイクは宮城島から平安座島へむかっている。るねは飛ばすアシュレイの運転にふり落とされないように両手を腰に回してしがみついた。優等生のるねにとって、こんな時間から出かけるのはドキドキものだった。共犯者
は、あの日海辺で見かけた美少年。胸が高鳴っているのは、けして恋ではない、と言い聞かせた。
 平安座島の石油基地前で、バイクが停車する。そこからは勝連半島が見え、人家の明りが様々な色で並んでいる。
「夜景もいいけどよ、今日見るのは空だぜ」
「え?」
「ペルセウス座流星群」
 そう言って石油基地の前の土手で横になる。ふーん。と言いながら、るねはこの男はキザでロマンチストなんだなあと思った。
 ふたりで空を見上げる。田舎のそら、黒いベールにつつまれた星空はどんな弁舌にもつくしがたい。
「あ、流れた」
「え? どこ!」
「もう消えたって」
 ガラス玉の目をくるりとさせて、アシュレイは笑った。るねはドキリと胸がつかまれるように、苦しかった。水筒の中身はシロップたっぷりの甘酸っぱいレモネードだ。
「おれ、実は幼稚園のころ、ここに住んでたんだぜ」
「えっ! そうなの?」
「ああ、そして、この石油タンクは実はロボットで、いつか戦争がおきたときに変形して戦って、助けてくれるヒーローなんて思ってたんだ」
「ははっ! なに、それ」
 るねは笑いを抑えきれなくて、声をあげて笑った。いや、マジだぜ、マジ。とアシュレイは自嘲気味に笑った。
「――でもおれは正義のヒーローより、救いのヒーローがいいんだ」
「? どういうこと?」
「正義って振りかざせば、武器になるだろ?
だから、救いのヒーローってわけ」
 るねは美里のことをすこしだけ思い出した。
「おれ卒業したら、親が宮古島に行くって言ってるんだ」
 唐突な告白だった。
「……また転校?」
「さあな、もしモデルの仕事するなら、先島出身で売っていくみたいだ。大人の都合ってやつだな」
 るねはうつむいた。短いあいだだが、唯一と言っていい友だちだったから。なにか、伝えなくては。なにか――その想いは、言葉にならない。
「しけたつらすんなって」
 それから、すこしだけ間が空いた。
「でもおれ、モデルやってみるよ」
 ハッとなって、るねは隣で寝ているアシュレイを見た。すごい、ガラスの目は宇宙を描くんだ。こころのどこかでそんな言葉が思いうかんだ。
「母ちゃんに振り回される人生はごめんだ。モデルの仕事つづけながら、金がたまったら家を出ていく。沖縄本島で暮らすんだ。那覇とかコザとか」
「……かっこいいね」
「あれ? 今気づいたの?」
 ふたりは顔を見合わせてクスクス笑った。
「あ、流れた」
 るねの目にも流れゆく星が見えた。
「あの星に誓え」
「なにを?」
「わたしも写真家になるぞーって叫べ」
「なんで?」
「なんでも」
 やんわり拒否しながらも、るねはまんざらでもなかった。流れ星が流れる。今だ。
「一流の写真家になるぞー!」
それは青春の瞬きだった。潮の香りがした。
   

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