[短編小説]短気な小説家

最近近所で物騒な事件が多い。
日曜日の夕方、僕はそんなニュース番組を見た。

「事件にあったヒロミさんは正義感の強い方だったんですよ。
 近所の公園でもよくボール遊びしてる子供達に注意してる姿を何度も目にしてました。」

隣の家のササキさんがインタビューに答えている。

犯人は未だ捕まっておらず、
街中で注意を促した人が相手を逆上させ、
命を落としている、といったニュースだった。

(・・・。)

淡々とした口調でアナウンサーが読み上げるそんなニュースを横目に、
僕は目の前の原稿と向き合う。
来週締切の週刊誌の連載コラムの原稿が、一向に筆が走らない。
僕はいわゆる世間がイメージする通り、締め切りに追われる小説家だ。
今は全く集中できず、いい文章が浮かばないのだ。

けれども、デビューした頃は違ったのだ。
大学を卒業し、周りが大手企業に就職していく中、
僕は趣味を仕事にしたいと思い、子供の頃から大好きだった小説でメシを食べていく道を選んだ。

スマホが普及される前、当時ガラケーで気軽に読める「ケータイ小説」が一世を風靡し
特に10代、20代の若い女性の間で恋愛小説がブームになっていた。
そのウェブサイトに僕が作品を投稿したところ、今でいう「バズる」現象が起き、
大学卒業間近に大手出版企業から数々の執筆依頼が来たのだ。

そんな波に見事に乗ることができ、
僕の小説が原作となった映画の製作までされた。

そしてその大手出版企業は僕に私生活での幸せまでもたらしてくれた。
その会社に勤めており、美人人事部員としても有名で新入社員からも支持されていた、
いわゆる優しく温厚な会社のお姉さん的存在だったユウコと知り合い、
人生の伴侶となってくれたのだ。

結婚して10年。
現在2歳になった子供にも恵まれ、出産をきっかけにユウコは専業主婦となり
僕が仕事で追われている中、子育てもほぼ1人でやってくれている。

「あなたは忙しいから大丈夫よ。
 あなたが文章を書くのが好きなように、私も子育てが好きなのよ。」

大好きな小説に携われ、そして大切な家族も手に入れ、1日3食には困らないくらいの普通の生活ができる収入もある。
正直僕の人生は、パーフェクトだった。

しかし、今、執筆に集中できない、というのは、そんな家族が理由でもあった。

「やったーーー」
「わーーーー」
「ママーーー」

活発真っ盛りな2歳の息子がリビングで大はしゃぎしている。
とにかく息子がうるさく、ここ数ヶ月、なかなか納得のいく文書が思い浮かばず、むしゃくしゃしていた。

(もう少し静かに遊んでくれないかな…。あぁ、もう…我慢できない…。)

僕はペンを片手に、立ち上がった。
そして勢いよく執筆部屋を飛び出し、
リビングのドアノブへと手をかける。

(一旦落ち着こう…。)

僕は、唾をごくりと飲み、
相手を脅かさないよう冷静になり、静かにドアを開ける。

目の前には、僕に気づいていないユウコと息子。
遊びに夢中になっている。

背後から、そっと優しい声で、声をかける。

「ごめんけど…もう少し、静かにしてくれないかな…?」






それからしばらくして、僕の執筆部屋には静寂が訪れた。



(・・・。)





そして数時間後、部屋のテレビからこんなニュースが流れてきた。



「続いてのニュースです。
  最近相次いでいた殺人事件の犯人ですが、
  さきほど2歳の男の子を連れた女性が逮捕されました。」

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