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産業革命がもたらした「離婚の権利」

陰謀論フェミニズムに汚染されていない女性人権史」を独自に綴る連載の第2回。今回は1800年代前期の産業革命の発展と、それが女性の人権に及ぼした影響について解説していく。

【目次】
第1回:フランス革命とフェミニズムの芽生え(1780年代-1790年代)
第2回産業革命がもたらした「離婚の権利」(1800年代-1850年代)
第3回:労働者階級の誕生と「女性の私的所有権」(1830年代-1880年代)

フランス革命期(1789-)において産声をあげた近代フェミニズムは、しかし老若男女問わずあらゆる階層から拒絶され頓挫するという結果に終わった。

なぜか。端的に言えば、革命の時代において「権利」と「義務」とは不可分だったからだ。ルソー流の「社会契約」とは「あらゆる権利を国家に移譲した人々による人民独裁」であり、兵士として生命権を捧げることも、徴兵に応じて財産権を捧げることもできなかった当時の女性は、「国家に自然権を移譲した人々の共同体」のメンバーとは見做されなかった。最初期のフェミニズムはこうして無惨な失敗に終わる。

しかし、そんな状況が半世紀後には一変する。ヴィクトリア朝時代の英国において、女性はふたつの大きな権利を掴んだ。「子供の監護権」「離婚の権利」だ。それまでは子供の親権も、離婚する権利をも持たなかった女性たちは、1830年代から1850年代にかけて劇的な権利獲得を成し遂げる。

なぜ英国においてこうした重要な諸権利の獲得が為されたのだろう。多くのフェミニストが主張するように「勇気ある女性たちが立ち上がり、家父長制の圧制と激しく対立し、女性運動の輪が広がっていった」からだろうか。もちろんそうではない。

ヴィクトリア朝時代における女性の権利獲得の背景には、産業革命がもたらした抜本的な社会構造の変化があった。

本稿ではヴィクトリア朝時代における女権拡張の経緯と、歴史から抹消されたあるフェミニズムの英雄について綴っていく。


専業主婦の誕生

「産業革命が女性の権利向上をもたらした」などと言うと、「産業革命によって女性労働者が増えて社会が変わったのだ」と早合点されてしまうかもしれない。しかしこれは誤って広がった通説であり、実のところ産業革命期から20世紀前期おいて女性労働者は減少の一途を辿っている。

産業革命前、つまり社会の階層が農民と貴族にほぼ二分された封建的時代においては、女性労働者はごくありふれた存在だった。自作農にせよ小作農にせよ、農家の女たちは男たちと同じように働き、有閑婦人と呼びうる労働に手を染めない女性は貴族階級の女性に限定された。

産業革命期における最大の社会的変化は、中産階級の誕生だ。それまでの封建社会において、「職業」と言えば農民と貴族と聖職者くらいしかなかったわけだが、しかし産業革命とそれに伴う都市の拡大は新しい職業を次々と生み出していった。工場主、機械工、新聞発行人、会計士や弁護士、作家、カフェ経営者、鉱山技師…といった具合にである。

その結果生まれたのが「中産階級」と呼ばれる人々であり、それに付随して新しい労働者階級である都市の賃労働者も生まれ、封建的な階級構造は大きく揺らぐことになる。フランス革命は実質的に「中産階級」と「都市の賃労働者」という新しい階級が王、貴族、聖職者などの古い階級を打倒する政治運動として結実したが、革命が爆発的なエネルギーを得た背景には産業構造の変化がもたらした新たな階級の形成という事情があった。

さて、女性労働である。それまでの農民階級は、繰り返すように女性の労働参加を自明視していた。種まきであれ、麦踏みであれ、収穫であれ、落穂拾いであれ、多くの女性が参与していたことは当時の農民画に描かれている通りである。

引用:ミレー「 落穂拾い」(1857)

しかし産業革命によって貴族と比類するほどの富を得た中産階級は、自分たちの豊かさを誇示するため貴族のライフスタイルを真似始める。そう、専業主婦の誕生である。

中産階級は女性の労働を恥とする新しい規範を生み出し、「専業主婦」というそれまでの人類史に存在しなかった階層がここに登場した。せいぜいが小さな一軒家を持つ程度のプチ・ブルジョワですら貴族のライフスタイルを真似始め、その結果ロンドンでは家事代行業の需要がうなぎ登りに向上した。

今なお残る「ヴィクトリア朝時代のハウスメイド」というイメージは、産業革命によって生まれた中産階級が家事代行者を大量に欲したことに端を発している。富裕層の華やかな暮らしに接することができるメイドは当時の花形職業となり、名家への就職をめぐっては激しい就活競争が繰り広げられた。

つまり「専業主婦」という階級が一般的なものになったのはせいぜいが1800年代からのことなのだ。不勉強としか言いようのないフェミニストたちは「女は古くから家庭に縛り付けられていた」などという妄言を繰り返しているが、人類史のほとんどにおいて女性労働はごく自明視されており、せいぜいが1800年代から1900年代後期までの一時的なトレンドとしてのみ「専業主婦」という職業は成立している。

このように、産業革命前期において女性労働はむしろ後退していったわけだが、しかし正にこの時代において女性の権利獲得は為されたのである。

一体何が原因だったのか。

その答えは、

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