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資本主義の歴史を知らなければ、フェミニズムの本質はわからない

陰謀論フェミニズムに汚染されていない女性人権史」を独自に綴る連載の第3回。第1回はフランス革命期におけるフェミニズムの芽生えを、第2回は産業革命のもたらした「離婚の権利」等について扱った。

今回は女性の私的所有権が認められ始めた19世紀後期にフォーカスを当てていく。おそらく女性人権史の全史を通じて、もっともドラスティックな女性の権利拡大が生まれたのがこの時期である。

【目次】
第1回:フランス革命とフェミニズムの芽生え(1780年代-1790年代)
第2回:産業革命がもたらした「離婚の権利」(1800年代-1850年代)
第3回:資本主義社会の確立と「女性の私的所有権」(1830年代-1880年代)

第2回でも解説したように、産業革命はむしろ女性を労働から遠ざけるという結果に終わった。中世的社会においては女性も男性と同じく農耕や牧畜などに従事することが当然視されたが、近代以降は商工業に基盤を持つ豊かな中産階級ブルジョワジーという新しい階層が出現し、中産階級に属する女性は労働参加に極めて消極的だった。有閑婦人、つまり「専業主婦」として労働に従事しない貴族的生活を営むことを好んだのである。

こうして「男は仕事」「女は家事」(ただしメイド付き)という性役割分業意識は産業革命の影響が本格化した1800年代以降次第に浸透していく。しかし一方で「女性の私的所有権」といった、女性労働者との関係が深い法概念もまたこの時期に整備されていったのだ。

性役割分業の強化と、女性労働者の法的保護。なぜそれが同時に発生していったのだろう。その謎を解くには産業革命がもたらした労働観の変化、言い換えれば資本主義社会の確立について理解しなければならない。

端的に言えば、貨幣経済というものにあらゆる人々が絡めとられる時代がやってきたのだ。中世の終わりと近代の始まり。それは万民が「経済」に翻弄される時代のはじまりを意味していた。


中世的社会における「家父長制」

第2回でも少し触れたが、中世的社会においては成員のほとんどが一次産業に従事していた。圧倒的に多いのが農業で、あとはせいぜいが牧畜や漁業である。鍛冶や小売業などの商工業に専従するものは極めて少数で、それも多くは都市部に集中していた。

そうした農村社会においては、私的所有という概念があまり浸透しない。

考えても見てほしい。たとえば祖父母、夫妻、息子と娘の6人からなるスミス家は10エーカーの農地を持っていて、そこで小麦とカブを育てていた。さらに家畜小屋で雌鶏を15匹飼っており、雌鶏は毎日数個の卵を産んだ。収穫期には小麦とカブが7袋づつ取れた。さぁ、これをどう分配すべきだろうか?

これが現代なら話は簡単だ。雌鶏が生んだ卵も、畑で採れた小麦もカブも、すべて市場で売り払って売上を家族で分配すれば良い。各々がどの程度労働に参加したか、子供たちが雌鶏の世話をサボっていなかったかなどで多少の家族喧嘩は発生するだろうが、価値尺度・交換機能・保存機能を併せ持つ「貨幣」という優れたツールのおかげで、つつがなく家庭内における分配は完了するだろう。

これが中世的社会ならばどうだろうか。まず人口の大多数を占める地方では市場経済が機能していない。雌鶏の卵は放っておけば数日で腐ってしまうが、雌鶏が卵を産むたびにひとつひとつ街に売りに行くわけにもいかない。というわけで、雌鶏の卵は家族で食べてしまうのが最善の選択肢となる。

小麦やカブはどうだろうか。7袋づつの農作物は、一見分配しやすいように見える。しかし老人である祖父母と、働き盛りの両親、小さな子供たちの必要とするカロリー量は同じだろうか?おそらく老人は少なくても済むが、子供たちや両親は祖父母より多くの食べ物を必要とするはずだ。体力に応じて労働量も違うはずである。仮に収穫物を平等に分配し個々人の「私的所有物」としてしまえば、遠からず成人である両親は衰弱しはじめ、老人である祖父母は食べ物を腐らせてしまうだろう。

もっと言えば、10エーカーの農地はどのように分配されるべきなのだろう。「私的所有」の概念を取り入れて、1人あたり1.6エーカーの農地に分配するとする。となれば自分の「所有」する畑しか耕さないのが人間というものだ。しかし体力の乏しい祖父母は上手く畑を耕し切ることができず、結果、祖父母の畑の小麦は枯れてしまうかもしれない。こうしてスミス家の食料生産力は33%ほども落ち、次の冬に風邪でも流行れば一家は全滅してしまうだろう。

同じようなことは、牧畜を営む一家にも起こりうる。たとえば祖父、夫婦、息子と娘の6人からなるジョーンズ家は150頭の羊を飼っていて、羊から乳や羊毛を得ることで生計を立てていたとする。

その150頭の羊が、家族それぞれに「私的所有」されていたらどうだろう。おじいちゃんの羊が20頭、おばあちゃんの羊が30頭、お父さんの羊が25頭、お母さんの羊が25頭、息子の羊が30頭、娘の羊が20頭…。少なくともこの一家には最低6頭の牧羊犬が必要そうである。牧草地をめぐる混乱も並大抵のものではない。羊の毛刈りも、乳搾りも、それぞれがそれぞれの羊に対して行うから効率はめっぽう悪くなる。

このように、中世的な農耕牧畜社会において、「私的所有」という概念はあまりに非効率なのだ。10エーカーの農地を耕し15頭の雌鶏を飼うなら、土地や雌鶏に個々の所有権など考えず「スミス家の農地」「スミス家の雌鶏」として処理した方がよほど効率がよい。牧畜においても同様で、150頭の羊を飼うなら「ジョーンズ家の羊」とだけ考えておけば牧羊犬も1頭で済む。

小麦、カブ、卵、羊毛、羊乳などの家産の処理は、家長と呼ばれる各家の代表者がそれを取り仕切る。領主に税を支払い、市場で小麦や羊毛を貨幣と交換し、薬や農具などの自産できない物資を賄い、日々生産される雌鶏の卵を誰が食べるのかといった問題についても家長が家族と話し合って判断を下す。

もちろんそうした牧歌的な話ばかりではない。小作人から小作料を取り立てたり、危険を犯して遠出して市場で作物を現金と交換したり、家畜を狙う狼や猪を退治するため銃を手に取ったりといった暴力沙汰も家長の仕事として求められる。中世の農村は地域や時代にも依るがおおむね武装しており、盗賊や人攫いから村落を守るため男手が駆り出されることもしばしばあった。

勘のいい読者はお気付きだろう。この家長によって統制される農耕牧畜社会こそがフェミニズムの糾弾する「家父長制」のモデルである。

確かに前近代的な社会において、家族のメンバーは私的所有権というものを有していなかった。しかしそれは血縁共同体によって営まれる農耕牧畜社会の実務的必然であり、女性が差別されていたから女性に所有権が認められていなかったというわけでもなかった。

そもそも女性だけではなく、家族の全メンバーが「私的所有権」など有していないのだ。それは家長であってすら同様である。そもそも貨幣を溜め込んだところで使う場所も存在しない。飲み屋や宿屋があるのは交易路近くの大規模集落くらいのもので、ほとんどの村々には畑と家と教会しかない。小麦やカブや卵を独占したところで、家族が飢えて倒れれば困るのは家長自身である。また中世的社会における村落共同体の絆(同調圧力とも言う)は極めて強く、家族を虐待する不心得者は闇夜リンチされ制裁を加えられるなど当たり前だった。

こうした前近代的な農耕社会を、「一家の長である男性が、家族全員に対して理不尽な支配権を行使する家父長制社会」として捉えるのはあまりに実態を無視している。家長が男性に限定されがちなのも、小作料の取り立てや現金作物を伴っての街への行商などの危険な仕事が壮年男性に集中するためであって、不合理かつ無意味に女性を差別しているわけでもなかった。

中世的社会とは「男性が女性を支配していた家父長制社会」ではなく、「生きるために誰もが私的な権利を有さなかった社会」である。

そうした中世的社会が変化したきっかけが、繰り返すように、産業革命による産業構造の変化なのだ。農耕や牧畜から商工業が産業の中心が変わっていく中で、人々は「賃金」という不思議なものを手に入れるのである。


「賃金」の魔力

産業革命時の大都市がいかに悲惨な場所であったかについては第2回においても軽く触れた。1800年代の大都市は危険かつ不衛生で、道端は汚物や吐しゃ物にまみれ、工場の排煙で空は薄暗く、無数の孤児が犯罪集団と化して窃盗や強盗を繰り返し、粗悪な酒や阿片などの麻薬が蔓延し、病人が多く、乳幼児死亡率や平均寿命も農村と比べれば極端に低かった。

たとえばエンゲルスの「イギリスにおける労働者階級の状態」(1845)によると、ラットランドの農村の(乳幼児を除外した)死者の最頻年齢は70-79歳の老人である。しかしこれがリーズ工業地帯においては、死者の最頻年齢は20-39歳の若者になってしまうのだ。寿命が縮むどころか、若くして犯罪や病気や事故や過労で死んでいくのが大都市では当たり前だったのである。

こんな状態の大都市を、なぜ当時の農民たちは目指したのだろう。長らく「第二次エンクロージャー(囲い込み)」の影響で農地を追われ都市に向かうことを余儀なくされたという学説が支持されていたが、近年の研究では農民たちはおおむね自主的に農村から都市へと移動していたことが実証されている。

それではなぜ、農民たちは安全で快適な農村を捨て、危険で不衛生な大都市を目指したのか。もちろん人口移動の背景は多面的である。同時期に進行した農業革命によって人口が増加した、つまり土地の継承権を持たない次男三男が増えたというのもあるし、「努力すれば成功できる」という資本主義ドリームが広がり始めたというのも大きい。

しかし最大の理由は、

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週に1-2回程度更新。主な執筆ジャンルはジェンダー、メンタルヘルス、異常者の生態、婚活、恋愛、オタクなど。

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