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今日もブラックコーヒーを(#2000字のドラマ)
千登勢 壮太(ちとせ そうた)、大学2年生。授業が早く終わったせいか彼女に会いたいせいか浮き足立ちながら、淹れたてのアイスブラックコーヒーを2つ持ってカフェテリアに向かう。
「壮太、こっちこっち」
「おう」
息を切らしながらカフェテリアのドアを肩で開けると、遠くから胸がときめく声がした。その声の主は千歳 春(ちとせ はる)。入学当初から漢字は違うが名字が同じだったことで互いに意気投合。徐々に俺は彼女に惹かれ今では好きの感情で溢れているが、彼女は俺を男友達扱い。いっそ告ってしまおうかと思いながらもそんな勇気もなく、奥歯を噛みしめて彼女の元へ急いだ。
「あ!またブラックコーヒーなの?私はいいけど壮太飲めないじゃん」
「別のやつ注文するのが面倒くさくて」
「もう、本当に面倒くさがりだな」
春は呆れた顔をしながらはい、とカフェテリアに常備されているミルクと砂糖を差し出した。
「お、さんきゅ。気が利くじゃん」
「常習犯のやることは分かってるんで」
「いや、俺何も悪いことしてない......」
これも一応俺のことを考えてくれた行動だよなと自分の良いように頭をフル回転させる。少しでも自分のことを見てくれるようにこんなことをしているわけだが、効果はなくはない。胸を躍らせていると、春の一言で一気にその熱は冷める。
「ねえ、俊太くんって彼女いるの?」
「は?」
「だってほら、かっこいいじゃん!いつ他の女に取られてもおかしくない状況でしょ?」
「まあ」
ついぱっとしない返事をしてしまうのは、彼女は井上 俊太(いのうえ しゅんた)という芸能人みたいな容姿でついでに頭も良いし優しいという完璧な俺の友人に恋をしてしまったからだ。こうしてカフェテリアに呼び出されるのも俊太の情報を聞き出すため。
「ねえ!今度俊太くんに会わせてよ!お願い!」
「え、嫌だよ(俺が嫌なんだよ)」
「なんで?だって彼女いないんでしょ?」
「そりゃそうだけど」
「ならいいじゃん!お願い!今度何でも奢るから!」
「俊太がそういうの嫌がってんだよ(それもだけど、俺がとてつもなく嫌)」
「えー、そうなの......」
あからさまに残念そうに頭を垂れている春に申し訳ないが、絶対好きな子を渡すもんかと意地を張る。沈黙が流れていると、遠くから今は聞こえて欲しくはない声が俺の名前を呼んだ。
「壮太!今日のバイトのシフト一緒だよなー?」
「そうだけど」
「後で一緒に行こう!」
「分かった」
え、嘘!俊太くんじゃん!と向かいに座る春は小声で興奮状態。仕方ない。紹介してやるかと善意が勝った。
「俊太!こいつ俺の友達だから見かけたら仲良くしてくれよ」
「分かった!えっと、君って名前何ていうの?」
「春です......」
「春さんね!僕は俊太です!よろしくね!」
「よろしくお願いします......」
「壮太!じゃあまたあとでね!」
「おう」
別に悪いことをしたわけじゃないけれど、今俊太には来て欲しくなかったと苦い顔をする。向かいの春は頬を赤く染めながら一瞬放心状態になりながらもすぐに魂が戻り、興奮状態はさらに加速。聞いているこっちが頭が混乱する。
「ねえ!やっぱり俊太くんを絶対彼氏にする!本当に今日はありがとう!」
「感謝しろよ」
「今度何でも奢ったげるから!」
「言ったな?約束だぞ」
「もちろん!」
春が嬉しそうに俺を見つめた。その表情は最高に可愛いが見つめている対象が俺でも想っている人は違う人。まだ飲んでもいないアイスブラックコーヒーのような苦くて渋い後味が残った。
「春さんだっけ、カフェテリアで壮太と一緒にいた子」
「そうだけど」
「彼女、なんか可愛らしいね」
バイト中にいきなり何を言い出したかと思えば爆弾発言。俊太も気がないわけではないということがチラ見した途端、俺の生命力が一気に削がれそうになった。これじゃあ俊太に教えるべきではなかったかと今更後悔。
「え、なんかお前がそんなこと言うの意外なんだけど」
「壮太と友達ってことは多分良い子でしょ?」
「まあ、それはそうだけど」
「明日会えるかな。話はしてみたいな」
「どうかな」
バイトも終わり、帰宅し湯船に浸かりながらどんどん2人が離れていくような気がしてたまらない。決定的なミスは俺が俊太に春の存在を教えてしまったことだ。春の相手は俺だけで良かったんだと悔やむばかり。どっと考え疲れも働き疲れもでてしまい、淡い水色の温水にさらに沈んでいく。今日はもう考えるのはやめだ。
翌日、今日も春からの呼び出し。俊太のことだろう。近くのカフェでブラックコーヒーを2つ頼み、今日はミルクと砂糖を入れようかと一瞬頭に過ぎった。けれどもすぐに踵を返し店を出た。なんだか心の中で整理がついたようですっと姿勢も良くなる。
「壮太、こっちこっち」
「おう」
いつものようにカフェテリアで待つ春の前に向かい合わせで座る。
「あ!またやってる。アイスブラックコーヒー2つですよ~」
「面倒くさくて」
「もう、ほら」
春はそう言いながらミルクと砂糖を差し出した。やっぱり君に構って貰いたくて、君と時間を過ごしたくて今日もミルクと砂糖無しのアイスブラックコーヒーを2つだけ頼んだ。
END
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