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答えがないことを恐れない

歌を聴いて涙が出てしまうことがある。

RADWIMPSさんの『正解』。

素敵な曲だ。

この動画でうたっているのは、大学のアカペラサークルの先輩と同期。
こっちで先に聴いて好きになり、RADWIMPSさんの原曲を聴いた。


あぁ 答えがある問いばかりを 教わってきたよ そのせいだろうか
僕たちが知りたかったのは いつも正解など まだ銀河にもない
一番大切な君と 仲直りの仕方
大好きなあの子の 心の振り向かせ方
なに一つ見えない 僕らの未来だから
答えがすでにある 問いなんかに用などはない

野田洋次郎さんのつくる歌は、本当にすごい。

手放してしまった記憶を丁寧にすくいとるような、痛みをともないながら大切なものを探しにいくような、そんな複雑で根源的な気持ち。

だれにとっても響く。

大衆受けとはまた違う引力がある。


辞めた仕事と、思いだすもの

新卒で入った会社は2年目の年末に辞めた。

ひどく反対する人はいなかった。

父も母も、辞めると聞いて安堵していた。

早まったんじゃないですか?言ってくれちょったら、相談乗ってあげたのに〜

電話の向こうでそんなふうに笑うお客さんも、別に止めたり呆れたりはしなかった。


いい環境だった。

優しい先輩が何人もいて、教育制度もちゃんとしていて、業績も安定していて。

特殊な業界ではあるけれど、その業界におけるその職場は、恵まれた場所だった。

営業だったので、さまざまな場所に出かけて仕事をした。

年間100日は出張。担当する地域によって日数差はあれどだいたいそんなもので、みんな忙しく飛び回っていた。

カメラロールにはお好み焼きの写真が多い。
府中焼が大好きになった。

呉線の車窓は素晴らしかった。写真だと曇っていてよく見えないけれど。たぶん今まで電車から見た景色で1番綺麗だった。「千と千尋の神隠し」に出てくる電車を思い出した。

鳥取3日目の午後に東京へ帰り、そのまま茨城の勝田へ移動という夜があった。
移動距離が長い。結構疲れた記憶がある。

岡山の山中で遭難しかけたこともあった。「雨・夜・山道」という三拍子で、運転する車のフロントガラスが真っ白になった。
外気温との差が大きいと曇ってしまうようだ。

見えない見えないどうしよう、後続車はいるし道はくねくね曲がってるし勾配もあるし、止まれない。でも止まらないとこれ以上運転し続けられない。

幸いにも後続の車を運転していた赤ちゃん連れのお母さんに助けられた。お顔も覚えていないけれど、文字通り命の恩人だ。
首都高よりも、煽り運転をされた時よりも、あの山道が怖かった。「死ぬ」と生まれて初めて思った。

いろいろなことを思い出すけれど、日常でふと懐かしく思うのは、「空気」だ。

朝、仕事に行くとき。
空気の冷たさに、鳥取での朝を思い出す。
福山でバスを待っているときを思い出す。

ふと香る花の匂い、風の優しさに岡山の川沿いを思い出す。どの川だっけ。

悲しい災害があったときはお客さんの誇らしそうな声を思い出した。「岡山には一級河川が3つもあるんですよ」。

今思うと体が覚えている記憶がけっこうある。

におい、声、方言、道、風、食べもの。
会社の中で仕事をしているときとはちがう、「そこに身を置く」という感覚があった。

時々思う。
わたしはこの懐かしさをどう思っているのだろうか。

辞めていいの?後悔しない?

金曜日の夜、新幹線で帰る日。

特にがんばったというわけでもなかったけれど、「金曜だから」とちょっといいお弁当を買って食べた。

食べ終わってしばらくして、シャツの胸元が濡れていることに気付いた。

「えっ、何こぼした?」と慌てて拭くが、またぽたぽたと水は降ってきた。

それは涙だった。私は泣いていた。
お弁当を食べた後、たぶん30分くらい静かに泣いていた。

冷たくなったシャツをタオルで乾かしながら思った。「仕事辞めよう」。

決めてからは異様に行動が早く、3日後の月曜日には先輩に伝えた。

驚かれたけれど、うけとめてくれた。
大した仕事も残せなかったけれど、それでも「好きにしたほうがいい」「応援してる」と言ってくれる先輩はやはりいい人だった。この人がいてくれたから、ここにいられたんだなと思った。

『後悔しない?』と自分に問いかける時間はもう十分だった。1年くらい悩んでいたから、もういいと思った。

ちょっとした違和感から、はっきりした違和感まで、日々積もっていた。誰が悪いわけでもなくて、この仕組みの中でつくる商品を私は売ったり作ったりできないと思った。

違和感を声に出す勇気もなかった。周りの顔色を伺い、自分はどうやら「外れた」ことを考えているらしい、と思った。表面上のやりとりしか為されない、実のないコミュニケーションからも距離を置きたかった。

いくつもの時代を経てきたこの業界で、その王道をいくこの会社で、いまある仕組みを大きく変えるようなことは自分にはできない。

できるできないというのは、言い訳かもしれない。要は逃げたかった。違和感のある場所から、逃げだしたかった。

「辞めても後悔しない」と言い切れる。
そう思った。

辞めてよかった?後悔してない?

すこしのんびりして、アルバイトを始めた。革製品のお店なので、接客や革の知識を学んだ。

自分のできなさに悔しくなったり、辛抱強く教えてくれる方たちに申し訳なくなったりした。

それでも7ヶ月経って辞める時には、「こんなに?」と思うほど送別の品をいただいた。

嬉しいのは物の数じゃない。
手間ひまをかけて用意してくれたとわかるものたち。私という人間を、不完全な私を、認めてくれていたんだなとわかるものたち。

前の会社を辞めたことで、こんな人たちに出会えたんだなと思うと、不思議で嬉しかった。

正直、辞めてよかったんだろうかと変な気持ちになったこともある。

辞めなきゃよかったとまでは思わないけれど、「もっとがんばれたのでは」「せっかく安定した環境だったのに」という声がする。これは後悔なんじゃないか?ともやもやする。

辞める前と辞めた後では、やっぱりちがう気持ちになるんだな。当たり前のことを思った。

答えはない。

革のお店を経て、今はちがう職場にいる。
自分が心から関心のあることに近い領域で、日々発見がある。

コミュニケーションの仕方も、悩んだり喜んだりしながら模索している。

世界中に拠点があるけれど、この会社が提供できる価値観が1番必要なのは日本だと思う。

だから、迷うこともあるけれど、自分にできることをしようとまっすぐに思える。

最近ずっと考えているのは「答えがない」ということについて。

辞める前から、辞めたらどうなるかなんてわからない。予想はできても、あくまで予想。

進む前から、進んだらどうなるかなんてこともらわからない。予想が外れることもある。

なにも保証はないけれど、私は保証より「進む力」がほしい。

その行動をしたら…と考えたときに、力が湧いてくるかどうか。

心が萎むようなら、まだその時期ではないのだと思う。あるいはより力の湧く方法がある。

根拠がなくても力が湧いてくるなら、選ぶ価値はある。見えない方位磁石が、進む道を指し示していると捉えればいい。

一回選び間違えたくらいでは、大したことはない。また修正すればいい。そこから選び直せばいい。

与えられる正解なんてないけれど、選び続けた正解は、きっとなにひとつ欠ける必要のない道筋になる。
欠けてはならなかったと思える時が来る。

これからの人生

制限時間は あなたのこれからの人生
解答用紙は あなたのこれからの人生
答え合わせの 時に私はもういない
だから 採点基準は あなたのこれからの人生

『正解』で1番好きな歌詞。

正解は、どこかから持ってくるものじゃない。
私という人間の人生に、つくるものだ。

時間には限りがある。いつかは終わる人生。
明日かもしれないし、70年後かもしれない。

それでも変わらない。
正解は、私という人間の人生につくるものだ。

答えがないことを恐れずに、進んでいこう。









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