見出し画像

爆弾おにぎり

母の作るおにぎりは、とにかくデカい。

手のひらには納まらないほど……例えて言うならソフトボールくらいだろうか。しっとりとごはんに馴染んだ分厚い焼き海苔に包まれたそれは、1個の中に具がだいたい3種類。両頬がキュンとなるような酸っぱい梅干し、あらほぐしの焼き鮭にサッとお醤油をまぶしたもの、それに、おかかが定番。たまに鮭の代わりに焼きタラコが入っていたりした。

口にする場所によって味が変わるのもよかった。お気に入りは「おかか&梅干し」がいい感じで両方食べられる場所。鮭は、なるべく単品で…といったこだわりが、自分の中にあった。だから食べるときにはどの辺に、どんな具が入っているかを想像しながらかぶりつくのも密かな楽しみであった。

田舎育ちの私は小・中学校とお弁当持参。生まれてこの方、給食というものを食べたことがない。ソフト麺や揚げパンに憧れたが、とうとう口にすることはなかった。保育園から11年間、ほぼ毎日手づくりのお弁当を作ってくれた母の苦労を思うと、いかばかりだったかと考える。

家業は建設業の下請けで、祖父も父も、10歳年上の兄も、住み込みのお兄さんも、みんな肉体労働者だったから、必然的に"腹が満たされる系”のお弁当がうちの定番。よくある一番下にお味噌汁が入るタイプの、大きな黒いジャーが、いつもキッチンにゴロゴロ転がっていたように思う。そんな中、学生だった私や姉だけが特別扱いされるわけもなく、ひとまわり小さなお弁当箱に詰められるおかずもまた、笑えるほどにガテンな内容であった。

まわりの同級生たちはみんな、キャラクターの絵柄がついた小さなお弁当箱に、型抜きされたチーズなんかが入っていて、ウサギに飾り切りされたリンゴが見え隠れ。ミートボールにはちょこんとかわいらしいピックが刺さっていてちょっぴりうらやましくもあったが、正直、私はガテン系のおかずを心から愛していたので、おなかが膨れそうもないお弁当をしり目に、さほど気にすることもなかった。

…ただ、おにぎりを持たされる日を除いては。

遠足や課外学習ともなれば、おにぎりに水筒が定番。ここにきて、冒頭のおにぎりのお出ましなのだが、ちょっと想像してみてほしい。小学生の女の子が食べるおにぎりがソフトボールサイズのガテンなおにぎりなのだ。あまりにも当たり前だったため、それに違和感を感じるまで結構な時間がかかった。「だって1個で色々食べられるし、おなか一杯になるじゃない? 誰が鮭ばかり食べたとか、梅干しだけ残ってるとか、ケンカにならないし」が母の口癖。そう言ってはカラカラと笑っていた。

ある日の遠足、芝生の上に大きな敷物を敷き、クラスみんなで昼食を摂ることになった。「いただきます!」と手を合わせた後で、たまたま近くに座った同級生の女の子が不思議そうな顔つきで私に言った。

「ねえ、前から思ってたんだけど、なんでワカコちゃん家のおにぎりって、そんなに大きいの?」。

ふと目をやると確かにその子の膝の上には、ふた口で完食できそうなほど、小さな小さな三角形のおにぎりが、ちょこんと行儀よく並んでいる。

かたや私の手には片手で持つのがはばかられるような、ずっしりとした真ん丸のおにぎり。

衝撃である。その海苔で黒光りした大きな米の塊を両手で見つめていると、なんだか急に恥ずかしくなって、みんなに背を向けるようにしてひと息で食べた。

その日の夜、「ねえ、大きいおにぎりじゃなくてさ、三角でこれくらいの小さいの作ってよ」と口を尖らせて母に言った。「どうした急に?」「どうしても!」。

すると母は笑いながらハイハイと適当な相槌を打っていたけれど、結局、中学を卒業するまでうちのおにぎりはソフトボールのままだった。たびたび教室で食べる昼食にも登場したけれど、思春期の頃には好きな男の子に見られるのがどうしても嫌で、机に隠しながら3つに割っては、いそいそと食べたのは酸っぱい思い出だ。

それから高校へ進学。

自炊生活を始めた私はお弁当をほぼ毎日手づくりしていた。おにぎりは三角になり、手のひらに乗るほど小さくなった。彩りもキレイにしていたけれど、なんだかつまらない。そうか、お弁当の醍醐味とは、誰かが作ってくれて、お昼に初めて蓋を開ける楽しみだったのか。

大人になって、編集者として働く私の毎日は目まぐるしく、お昼はコンビニで済ませることが増えていた。だいたい唐揚げとスープ春雨。食べたいというよりも、空腹を満たす作業のようになっていた。

ようやく続けて休みがとれて帰省したある日のこと、北海道には遅い春がやってきていた。「山の方まで行ってみない? 山桜やコブシが咲いてるんだって」。眠い目をこすりながら、母に半ば引きずられるように車に乗り込み、誘われるまま小川の流れる自然豊かなエリアまでドライブした。

ホーホケッ…まだ鳴くのが下手なウグイスをバカにするように、ヒヨドリが遠くでピーピー鳴いている。

車から降りて、少し冷たい空気を思いきり吸い込む。雪解けの水の音がサラサラと流れる穏やかな音を遠くで感じながら、山菜を摘んだり、写真を撮ったりしてのんびり過ごした。

やがてAMラジオが12時を知らせ、川べりの空き地に車を停めると、紙袋から母が取り出したのはあの大きなおにぎりと温かい焙じ茶だった。思いきり大きな口で頬張ると、梅干しとおかかが顔をのぞかせた。酸っぱくて、しょっぱくて、あの日の懐かしい味がした。

「やっぱりおにぎりは3種類の具が一番だよね~」と暢気に言う私に、

「そうそう、一度に色々食べられるからお得な気分でしょ?」と母。

それから何日か経って、某コンビニのおにぎりコーナーに「爆弾おにぎり」なるものを見かけた。具が3種類入っている丸くて大きなものだ。

すぐさま母に伝えると

「時代の最先端すぎて、周りが着いてこられなかったのね、ふふ」と、電話の向こうでなんだか誇らしげ笑っていた。

 


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?