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#5 俺の心労を考えろ事件

2022年3月の出来事。
私の親戚に飲食店を経営している人がいて、いつかそのお店に彼氏を連れて行くのが私のささやかな憧れだった。
しかし、そのお店が店主の還暦を機に閉店してしまうというので、残念だなと彼に話したところ。
「その夢、叶えてあげようか」
と言ってくれた彼。
「え!?本当に?こっちに来てくれるの?」
私は思いがけない提案にとても嬉しくなった。
「来てもらってばかりじゃ悪いし、今度は俺がそっちに行くよ。ご両親にも挨拶しておきたいし。」
…両親に挨拶!?そんな経験は今までにない。
本気で結婚を意識してくれているからこその行動だと思うと、やっぱりこの人と出会えてよかったと思った。

そしていざ当日。
飛行機に乗って私の住む町へ来てくれた。

初めて、私の家族と彼が対面した。
私の家族を彼に紹介し、彼を私の家族に紹介する。
自分で言うのも変かもしれないが、私の家族はとても親しみやすい方だと思う。
誰に対しても嫌な顔はしないし、明るくて優しくて。いつでも誰でもウェルカム、みたいな雰囲気の家族なのだ。
私ももう30代だし、両親も結婚を待ち望んでいる。
そんな状態の中での対面なのだから、彼を拒む訳がなかった。

終始和やかなムードで会食は進んだのだが…
会話の中で少しギクシャクした部分があった。
それは、彼の現在の職、そして過去の経歴について話した時だった。

「彼ね、普通の一般企業に勤めてから、その会社を辞めて、今の職になるために勉強して、その上で資格を取った努力家なのよ。」
と私が説明したところ、
「その話は今しなくていいから。」
と、私の話を制された。
この行動に、私の両親も少し困惑していた。
立派なことなのに、どうしてその話をやめさせたのだろう、と思ったらしい。
偶然なのだが、私の父親も社会人になってから、大学に入学して卒業した経験があり、私の母親も、役職者ではないが、彼と同じ職に就いている。
だからこそ、その共通点を伝えた方がお互いに話が弾むのではないかと考えたのだが、彼からしたらして欲しくない話だった様子。
私もそれ以上は言わなかったし、両親も深くまで突っ込むことはなかった。
さりげなく母親が現在の職業についての話を振ってはいたが、必要以上には語らない、といった姿勢で、その場を終えた。

家族と解散して2人きりになり、足早に喫煙所へ。
彼はヘビースモーカー。
さすがに家族の前では気を遣ってくれたのか、無言のまま足早に喫煙所へと向かっていた。
「今日はありがとう。」
と私が伝えると、タバコに火をつけながら彼は低い声で言い放った。
「…こっちの心労考えろよな。お前ら家族総出で、本当しんどかったわ。」
タバコの煙を吐きながら、イライラした様子で私を睨みつけているのがわかる。
私は何も言えなくなった。
家族に挨拶してくれるって言ったのは…あなただよね?
どうしてそんなにイライラしてるの…?
私そんなに悪いことしたかな…?
家族と顔合わせしてくれて、嬉しかったのにな…。
本当なら「会わせてくれてありがとう」とか…言ってくれるかと思って期待しちゃった。
私の家族のことも不愉快に思われているようで、すごくショックだった。
「ごめんね。気を遣わせたね。」
小さく呟くように彼に伝えたけど、彼はタバコを何本も吸いながら無言のまま。
イライラしてますアピールを続けながら、私の方を見ることなくスマホをいじる彼。

そんな中で母親からLINEで連絡が来た。
「大丈夫?彼、ちょっとおかしくない?」
…やはり母親にはお見通しだった。
職業の話をしている中で、そしてその風貌を見て、違和感を感じていたらしい。
少し涙が溢れそうになった。
…せっかく紹介した彼なのに、お互いに嫌な思いをさせてしまった。
それは私が時期を早まってしまったから。
憧れの話なんてしてしまったから。
母親の言葉をそのまま受け入れてしまうと、私は彼をずっと疑いながら付き合うことになる。
疑うという行為は、その関係性をぶち壊すことになりかねない。
だから私はその事実に蓋をした。
「大丈夫だよ、ちょっと緊張したのもあったんじゃないかな。ありがとうね!」
と返した。

何本かタバコを吸い終えた後、ようやく普通の彼に戻ってくれたけど、私の気持ちはずっとモヤモヤしたままだった。
でもそのモヤモヤを解消できる訳もなく、彼のご機嫌取りに励んだ。
この母親が感じていた違和感は、今後いつまでも付き纏うものになる。

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