彩る

今日は、お嬢様系で行くか。

クローゼットを開け、オフホワイトのワンピースを手に取る。薄い桃色のレースと控えめなフリルが施されており、上品さを演出するにはもってこいだ。

服に合わせて、ピンク系のアイシャドウを選び、瞼にグラデーションを作る。黒ではなく優しいブラウンでアイラインを引いた分、睫毛にはマスカラをたっぷりとのせ、目元を強調する。唇には、あえて濃いめのローズピンクの口紅を引く。1分、時間をおいてから、細かいラメがぎっしりと詰まった透明のグロスをのせる。目元の印象を優しくしたため、リップまでアイシャドウと同系色でまとめるとぼやけてしまう。あえて口元は濃い色を選び、全体の印象を引き締める。そのままだと強さが前面に出てしまうため、グロスで瑞々しさを加えた。

パーツ一つ一つを彩る時は、いかに完璧に仕上げるか、としか考えていない。仕上がりの確認をする前に、軽く俯いて一呼吸置き、気持ちを整えてから顔を上げる。自分の顔全体と向き合わねばならぬこの瞬間は、苦痛でしかない。

鏡の中には、丁寧に化粧が施された顔があるだけだ。下がった口角を無理やり上げ、ぎこちなくても笑顔を作る。

素の自分は直視するのもダルイくらいに、冴えなくて、自信がなくて空っぽだ。いくら着飾っても内面の醜さがにじみている気がして、自分の全身を鏡に映すことは勇気を伴うことだった。お洒落は自分の気持ちを上げるためのものではなく、汚く醜い面積を1ミリでも大きく隠すための盾だった。お洒落は楽しいものではない。むしろ、いつでも滑稽で痛かった。

ウィンドウショッピングをしているとき、カフェにいるとき、電車に乗っているとき。ふと、ガラスに反射した自分に、自信のなさがにじみ出ていて思わず眉をひそめてしまう。

長年にわたり染みついた卑屈さは、外見を着飾ったところで、隠されはするものの、私の中にあり続け、解消されることはない。

今日の待ち合わせは、マッチングアプリでやりとりしていた男性だ。プロフィール画像は、六つに割れた腹筋のみのドアップだ。いつもなら、スルーするが、こんなに自信満々に自分の筋肉を不特定多数の目に触れるアイコンに選ぶ人が書いた自分の紹介文を読みたくなった。

32歳、横浜在住、仕事は営業職、次男。喫煙者ではない。趣味はジム通い、サーフィン、友達との飲み。結婚を前提とした真剣なお付き合いを求めてます、と書いてあった。ここまでは、全く想像通りというか、失礼ながらも見事なテンプレだなあと琴線にかすりもしなかったが、アイコン以外のプロフィール写真の片隅に、柴犬のものと思しき犬の耳が写っていた。それまではソファで寝転がりながらダラダラとスマフォを眺めていたが、これは、と思い姿勢を正した。急いでほかの写真もスライドしていくと、どこかしらに犬の存在がほのめかされていた。次の瞬間には私は、いいねとメッセージを送っていた。

翌朝、おきてすぐにスマフォを確認すると、メッセージといいねの通知が数件あった。その中に、昨日送ったメッセージの返事があった。


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