家具家電・憑き物件

さて僕は住み慣れた街を離れ同志の厚意によって氏の部屋の片隅に転がり込んだわけだが、どうもこの部屋には何か良くないものが憑いているらしい。それは姿を見せる事はない。ナメクジの這った後のようなぬめる気配がする時、それは見慣れない家具や家電の裏に潜んでいる。それは氏を蝕んでいる。談笑をする中でふと氏の顔が陰る。その時氏は僕の顔の向こうに何かを見ているのだろうか。それとも、やはりというべきか、氏もそれの気配を感じているのだろうか。それは待っている。僕が眠りにつく時を待ち構えている。瞼の裏にそれはいる。強い決意でそれは僕を害そうとしている。

それの名前は『不安』だ。僕はいつもこいつにしてやられてきた。不安は僕を臆病にさせる。足を竦ませる。横隔膜を麻痺させ、声帯を締め付ける。感情を不快な角度で撫で付け、神経を高ぶらせる。僕の人生は不安に支配されている。

しかし、最近ようやく気付いたことがある。今まで不安に好き放題させてきたのは、他の誰でもない。僕だ。それに『不安』という名前を与えてしまった。それに本来の名前などない。ただ傾向があるだけだ。それは本来様々な意味合いを持っている。僕はそれを、『不安』という一括りでまとめ上げてしまった。だからこそ僕の不安は大きく、強力だ。見るだけで竦みあがるような巨体で、僕を見下ろしている。

僕は、それに新たな名前を付けてみた。『危機感』というのはどうだろうか。うん、『不安』よりはいいかもしれない。それが割れて『不安』と『危機感』の二つになった。

それよりこれは僕の気持ちの問題だから、もっといい名前を付けてやってもいいかもしれない。『新たな門出への期待をはらんだ戸惑い』。これは気取りすぎだ。だけど、さっきよりは確実に、不安は小さくなっている。調子がいいぞ。

新生活はまだまだ始まったばかりだ。きっと、僕の中の色んな感情に名前を付ける時間はたくさんある。今はまだまだ、僕が立ち向かえないくらい大きいけれど……。

今生まれたこの感情にも、名前を付けよう。僕はこれを『希望』と呼ぼう。そして、これが大きくなって輝いてくれたら、きっと……。

家具の裏に怯える事は、なくなるはずだ。

p.s.不安になるから話してる途中で怖い顔するな!

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