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暁荘での長い生活

 虫の羽音で目を覚ました。日当たりは悪く、天井の隅はカビで黒ずんでいる。隣人の部屋からは何かの新興宗教だろうか、甲高い楽器の音が一定のリズムで鳴り響き、壁を通過してくる。もう一方の部屋は至って静かだが、休日はいつも部屋におり、こちらが少しでも大きな音を出そうものならすぐにインターホンが飛んでくる。

こんな状況に置かれてしまっているのも全ては金が無いせいなのだ。大学卒業後、月1.5万、敷金礼金なし、即日入居可のこの暁荘に転がり込んでからというもの、一日だって引っ越しの考えがよぎらないことはない。しかし思いはするものの、結局、家賃の安さに負け、行動に移すことができないでいるのだ。

 ポストを確認すると、一月前のスーパーのチラシが入っていた。大家さんからのいつものメッセージだ。裏返すとマジックでこう書かれていた。

『204号室の斎藤さんから家賃を回収しておいてください。』

完全に良いように使われてしまっている。

【続く】

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