トイレの事件とヤクザ・フィルター
道中、別に買物の予定はなかったのですが、尿意をもよおしたので、とある商業施設のトイレにはいりました。
たまたま仕事の都合で、珍しく、黒のスーツに白いワイシャツ、濃紺のネクタイと、黒のリーガルの紳士靴を履いておりました。
普段の私のラフな"いでたち"をご存知の方は、一見しただけでは、私だと気がつかないに違いありません。
男性特有のスタイルで、便器の上の壁に向かって用を足しておりますと、山口には非常に珍しい、ヤカラ風のオッさんが、同じく横で用を足して居りました。
年齢は40台後半でしょうか?
乱れたジーンズと髪の毛とシャツ。
明らかに不良っぽい格好をしていました。
今から考えれば、昼まっから少し酒が入っていたのかもしれません。クスリではないようでした。
そのヤカラが、突然、私に向かい、
「何が文句あるんや?」
と、言いがかりをつけてきたのです。
実に微笑ましいではありませんか。
でも、私はその男をしげしげ見たり、顔を合わせたり、因縁をつけられることは、一切していません。
もちろん、トイレというやや閉鎖的空間に入るからには、防犯上の心得で、先に入っている人間の人着くらいは把握しましたが、それはあくまで相手の背中越し。しかも一瞬。
トイレではオッさんの方が私より先輩でしたから。
ですから正直、私のいったい何が気に入らないのか、さっぱりわかりませんでした。
強いて言うなら、自分の尿意優先で、隣人を無視したことくらいでしょうか?
多分頭がおかしいのでしょうね。
ストレスが溜まってて、相手は誰でも良かったのだと思います。理由もいらんかったんでしょう。
とりあえず、
「なんのことですか?」と、穏やかに答えると、その男は、
「痛い目にあいたいんか?」と、
これまた論理を飛躍させてすごんできました。
まったく、おだやかではありません。
このトイレに入る前に、売り場からトイレに向かう通路に、これ見よがしに、万引防止用のゲートと防犯カメラが設置してあることを現認していたので、いざとなったらそこまで出て、証拠が残るように、わざとそこで殴られて、派手にコケたろっと考えました。
酔っ払いが殴りかかってきても、相手が素人なら、なかなか致命的なパンチが自分の顔面に入ることはありません。
人間というのは、とっさにカラダが反応するので、のけぞったりズラしたりして、相手の力は適当に逃げるものなのです。
それでも、チョコっとだけ、顔にかすれば儲けもの、さらに転んで、腰をねじる、打つ。
それで、全治1週間は、整形外科で診断書とれます。
その後の調書作成や示談交渉の展開を、より楽しくするために……
それでもとりあえず、相手に、一度は反省するチャンスを与えようと、武士の……いや、詐欺師の情けをかけてやりました。
このように、常に私は良い子なのです。
決して、根っからのワルではないのです。
とりあえず、一芝居うつことにしました。
「私が誰か、知ってるんですか?」
と、細めた冷たい目で見据えながらたずねます。が、答えは決まっています。
案の定、
「そんなこと、知るわけないやろ?」
と、返ってきたので、
「そうですか? それでは、ちょっと確認ですが。あなたはそんなに、"クサイ飯"が食いたいんですか?」
「はぁ?」
「お望みなら、逮捕してあげましょか?」
と、優しく諭してあげました。
そうです。繰り返しますが、私はいつも優しい人間なのです。
男は無言で、さっきまで持っていた粗末な銃を慌ててしまい、水しぶきを撒き散らしながら、ベルトを両手で握ったままダッシュで逃げていきました。
やっぱり、眼力と口調と表情とセリフとタイミングと間合いと落ち着きと場慣れと服装……
これらがピタリとハマると、わけのわからん小物相手には、効果絶大です。
久しぶりに、気持ちいいくらいに、クリーンヒットがセンター前に抜けていきました。
もちろん、この手は、"ホンモノ"相手には通じません。相手をキチンと選ばな、えらいことになります。
そのために、相手を見極める技が必要になります。
それが、いわゆる、「ヤクザ・フィルター」というものです。
この「ヤクザ・フィルター」、Amazonでは買えません。
人間は、社会生活を営んでいく上で、このフィルターを、なるべく若いうちから身につける必要がありますが、悲しいかな、こんなことは、学校でも家庭でも、セミナーでも一切教えてくれないのです。
これから先、まだまだ、この国の教育における課題は山積みです。
世間知らずでは、国内政治も、国民からバカにされるだけで、さらに国際社会からも舐められるということは、あべちゃんと、逆の意味で、プーチンやトランプが、証明しましたからね。 了
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