GWのド真中で 旅について考えてみる
桜が散ってソメイヨシノはすっかり葉桜になってしまった
大型連休が近づいて 巷は賑やかになってきた
仕事時代に、配信する記事に うっかりと『GW』(ゴールデンウィーク)と記載してしまい、チェックで『大型連休』と指摘を受けたころが懐かしい
あんな時代から大きく舞台は回り続けている
人生の憂いにしょげてばかりもいられない
勝てない勝負であっても美しくあるべきであろう
かつて難関至難の中でも 勝ち負けの数字よりも 美を追求しようと こだわり続けたこともあったのだから
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旅のインセンティブ
不便・不自由・不満という面倒臭く世話が焼けて遅くさく格好の悪いものは 次々と世の中から姿を消してきた
野営で旅を続けていた時代にはスマホやケータイ、ETC がなかった
明日の天気がどうなるのかは即座にはわからなかった
天気予報は宿に着いて初めてわかった
ひとり旅は 不便で不自由で孤独であった
けれどもそれは当たり前のことであって 逆説的に言えば そんな情報を遮断して徹底的に孤独になるための一人旅だった
テレビニュースの映像を求めて駅に立ち寄ったことを思い出す
野営旅の道具においても未完成なものが多く 揃ったとしても便利とは限らなかった
火を起こす、湯を沸かす、雨を凌ぐ、明かりを灯す、暖を確保するなどということ自体が 鼻高々であったのだ
ひとり旅をする人は 珍しかったわけではない
だが、店に行っても現代のように十分な道具は揃っていない
旅のための情報も流れていない
だから、地図のない無人島を探検する気分を味わって旅ができた
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好奇心と冒険心
あの時代の旅人の、旅のインセンティブは 自分自身に漲る『未知なるものへの好奇心』が大きく占めていたのだろう
社会の中で窮屈に(今で言うとストレスに)縛られていたから、そこから逃れようとして「今から」飛び出す
そこは 無人島に探検に行くようなものだった
あらゆるところで 何もかもが満たされていなかったことが 「向かい風」になって前進をした
ストレスという「精神的な疾患」を定性的に解析する科学が進んで診断ができる時代になった
そんな社会の歪みの中から 逃れるために、新しいステージの人は 新しい情報や道具に温かく見守られて旅を始められる
『旅』『キャンプ』という言葉は もはや あの時代と同じものを表現していないし 再現もできなくなっている
好奇心とか冒険心の代わりに 十分に吟味して味付けされた旅のメニューが揃えられている
それを旅とかキャンプという食器で味わうようなものだ
新しいステージ
ステージが変わったと捉えねばならない
同時に 僕たちにとっての新しいステージを 僕たちは始めねばならない
社会に立ち向かっていた僕の方に激しく吹いていた向かい風が止んで時に
僕は 旅人(バイクツーリスト)をやめて バイクを手放し 生きるための向きを大きく変えた
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新しいステージの人たち
スマホ、ナビ、様々な旅のツールやグッズが生まれて便利な時代だ
僕たちのかつて夢に見たユートピアは実現された
だが、苦心して休みを取り、何もかもが未知のエリアへ 冒険心だけで突入して行った興奮は 再現できない
今の人には伝わらないということがわかってきた
現代の旅人は あんな旅の冒険を求めてはいないのだ
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四国の旅を回想して考え続けた
峠を越える
それを旅人は追い続けていた
自分の社会や現実からの逃避に重ね合わせて 身震いをしながら 身に染み込ませて 味わう旅をしていた
四国はそんな旅人を大切に見守ってくれているのがわかった
お遍路の旅にもそれが表れている
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令和の時代
情報化社会の近代化が 大きくそんな心に変化をもたらす
おしなべて
そういう時代に
古い旅人の出る幕はない
そのことについて 僕は何も言わないことにしている