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10年後のおにぎり

10年ぶりに福島の海岸線へとやってきた。現在は遺構になっている小学校からしばらく進むと昨年より居住可能となった浪江町がある。昨年の4月に新工場で再開されたばかりの柴栄水産さんにお邪魔してきた。真新しい水産加工工場を歩きながら、自分のことのようにとても嬉しい気分になった。WAGYUMAFIAでもイベント時に同地の魚を仕入れていきたい。

アテンド頂いた松永陶器の松永さんのもとの工場はまだ居住不可地域だった。クォーツの時計なのに止まって動かなくなった掛け時計が10年間という月日を呼び覚ましてくれた。色々な方々にとってそれぞれの10年だったと思う。福島の海岸線を周ることができて、今回はまたビシッと引き締まった気持ちとなった。その様子を僕は世界にインスタグラムのストーリーで流した。すぐに賛否両論が巻き起こるが、海外に住む日本人の方から「福島の現在を伝えてくれてありがとう」とのメッセージが来た。そう福島は元気に生きているし、とても美味しかった。

会津若松に移動した僕らは宮泉銘醸にて選定した会津米の洗米作業へと入る蔵の中で仕込み水を用いて、30分間加水する。そして水揚げしてから翌朝まで寝かすのだ。お弁当として巻くための竹皮も一緒に寝かしておく。朝は4時半起きだ、前日まで蔵で酒を酌み交わしているので、起きる瞬間はとても辛いが5時からスタートする火入れ作業とともに不思議と眠気は吹っ飛ぶ。

合計30キロのお米を丁寧に羽釜で炊いていく。寒さがまだ厳しいので、沸騰したお湯で5キロ、羽釜は毎回レンタルする。今回は羽釜の癖がかなりあったので、途中からその中でも良い2器を選定してから、調整しながら炊いていった。蓋の木の匂いがかなり気になったので、アルミフォイルで包んでから匂い移りしないようにと作業をしながらのチューニングとなる。今回も地元の料理人さんの方々にも朝早くから手伝っていただいた、合計120セット。おにぎりは300個以上を握ったと思う。

出来上がったおにぎりは2種類。丁寧に並べられて今回は地元の名物大根の味噌漬けを二枚スライスしたものを添えた。竹皮で包まれたおにぎりたちは会津中央病院で最前線で頑張っていらっしゃる医療従事者の方々に贈呈された。その贈呈式を開いていただいた部屋は、福島で最初にファイザーのワクチンが打たれた会場だった。院長の話を伺いながら、浪江町で再び再操業された柴栄水産さんのように長かったトンネルの先が見えてきた、そんな2日間だった。関係いただいた福島の皆さんに今回も感謝を捧げたい。

東京の有名料理人、おにぎりで医療従事者激励 会津若松で200個提供

次回のおにぎりプロジェクトは4月、いよいよ九州は鹿児島へ。八千代伝さんとともにお送りする予定だ。

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