見出し画像

原発事故と甲状腺がん 10年の沈黙を破って〜復興の行方

 東京電力福島第一原発事故による放射線の影響で甲状腺がんを発症したとして、 事故当時6〜16歳で、福島県に住んでいた男女6人が今年1月、東電に計6億1600万円の損害賠償を求めて東京地裁に提訴した。9月には20代女性が追加提訴し、原告は7人になった。

 国は事故から約2週間後、たった1080人の小児の甲状腺被ばく線量を測っただけで、「大した被ばくはなかった」とした。被告の東電は、それらを根拠に「被ばくによる甲状腺がんはない」などと反論している。

 福島県は2011年10月から、事故当時18歳以下の約38万人の県民を対象に「『県民健康調査』甲状腺検査」を実施している。旧ソ連(ウクライナ)のチェルノブイリ原発事故で、放射性ヨウ素による甲状腺がんが多発したためだ。

 甲状腺は喉仏の下にある、縦40ミリ、重さ20グラムほどの蝶のような形をした小さな臓器だ。人体の新陳代謝を促し、甲状腺ホルモンを分泌する機能を持つ。放射性ヨウ素が体内に入ると甲状腺に集まり、細胞を内部被ばくさせ、がんの原因となる。安定ヨウ素剤を服用すると、放射性ヨウ素が取り込まれにくくなり、被ばくを抑えることができる。

 福島県は事故当時、大量のヨウ素剤を備蓄していたが、一般住民には配布しなかった。一部の自治体は独自の判断で配布したが、原告で服用した者は1人もいない。

 小児の甲状腺がんは、通常年間100万人に1〜2人しか発症しないが、福島県では約300人にがんもしくは疑いの患者が見つかっている。

検討委、放射線の影響は認められない

 県民健康調査を評価する県の検討委員会は、がん統計などと比べて「数十倍のオー ダーで多い甲状腺がんが発見されている」としながらも、「放射線の影響とは考えにくい」という「中間とりまとめ」を2016年に公表した。

 その根拠として1チェルノブイリと比べて被ばく線量が低い2被ばくからがん発見までの期間が1年から4年と短い3事故当時5歳以下からの発見がない、などとしている。

 だがこの中間とりまとめの根拠は、いずれも崩れ去っている。なぜならば、先に述べたように1被ばく線量測定はごくわずかな住民に行われただけで、約30万人を測定したチェルノブイリとは比較にならない2チェルノブイリでは事故から4〜5年後、福島では1〜4年後にがんが増えたため、チェルノブ イリとは異なるとした。しかし実際には、チェルノブイリでも事故初期からがんは増加傾向にあった3このまとめの後には5歳のみならず、4歳、2歳、0歳の乳幼児からもがんは見つかっている。

 検討委は2019年にも同様の見解を示したが、その際は「現時点において、甲状腺がんと被ばくの関連は認められない」とより断定的に結論づけた。

 委員からは「『放射線の影響とは考えにくい』よりも進んでいる」「認められな いと断言するのは早い」など反対意見も出たが、当時の星北斗座長(現自民党参議 院議員)は強引に議論を打ち切った経緯がある。

「放射線の影響は認められない」とした第35回「県民健康調査」検討委員会=2019年7月8日、福島市

治療する必要のないがん? 「過剰診断」を巡る論争

 福島での甲状腺検査について、一部の専門家は「治療する必要のないがんを見つける『過剰診断』が起きている」「検査を中止すべきだ」などと主張している。ネット上には、これらの主張に同調する書き込みが溢れている。

 彼らは韓国で起きた過剰診断の例を度々引き合いに出すが、診断基準が異なる福 島と比較をするのは無理がある。韓国の場合は5ミリ以下の微小がんでも手術した ため、過剰診断が起きた。福島では5ミリ以下の腫瘍は経過観察し、甲状腺がんの 診断を早期に行なうことを避けているからだ。

 多くの甲状腺がん患者を執刀している、福島県立医科大学の鈴木眞一教授は過剰診断論に対して次のように否定する。

 「本邦の甲状腺外科の専門家は、世界で最も最初に超音波による過剰診断に気づ き、経過観察できる症例を増やしている」
 「診断基準や手術例の臨床病理的結果を踏まえた議論が重要で、これを度外視して議論されると情緒的な話しになってしまう」
 「『過剰診断』を避けるべく、がんが確定されるまでの全ての検査や手術には、 多くの専門医が関わり、診断が行われている」(第92回日本内分泌学会学術総会)

 厳格な診断基準に基づいて、手術が行われていることが窺える証言だ。

被害者の口を封じるバッシング

 2月には、小泉純一郎氏ら元首相5人がEU欧州委員長に宛てた脱原発を求める書簡を巡り、激しいバッシングが起こった。

 問題視されたのは、書簡に記されていた「(原発事故の影響で)多くの子供たちが甲状腺がんに苦しみ」という一文だった。これに対して、首相、閣僚、福島県知事らが矢継ぎ早に抗議した。

 先ずは原子力規制委員会を所管する、環境省の山口壮大臣(当時)が「放射線による健康被害が生じているという誤った情報を広める」という抗議文を元首相らに送付すると、内堀雅雄県知事は「こうした表現が含まれていたことは遺憾」だと会見で表明した。国会では岸田文雄首相が「いわれのない差別や偏見を助長する」と非難した。

 「多くの子どもたちが甲状腺がんに苦しんでいる」。それは紛れもない事実で、これらの申し合わせたかのような反応は、苦しんでいる患者らの口を封じることに はならないだろうか。

語られない復興の影

 国や県は原発事故の被害が可視化されるものを嫌う。それは原発に立ち並ぶ1000基を越す汚染水のタンクや、県内7市町村(約337平方キロメートル)にまたがる帰還困難区域、3万人とも4万人とも推定される原発避難者のことだ。 それらを不可視化、または矮小化する施策が粛々と進められている。

 汚染水の海洋放出や、除染なき帰還困難区域の解除は既定路線で、避難者は統計から徐々に外されている。甲状腺がんの問題も根本は同じで、検査を打ち切れば被害者を不可視化することにつながる。

 内堀知事はかねて「復興の『光と影』を両方発信していくことが重要」だと公言してきたが、影の部分には口をつぐんでいるに等しい。影の部分である被害の実相さえ消し去れば、復興を遂げたことになるのだろうか。

 水俣病の患者救済に尽力したアイリーン・美緒子・スミス氏は、甲状腺がん裁判の支援者集会で次のように語った。

 「復興を遂げようとしているのは、この原告たちではないのか」。復興とは彼らが補償され、再生への足がかりをつかむことではないのか。そう問いかけているように聞こえた。

10年の沈黙を強いられた甲状腺がん患者

 提訴した7人は現在17〜27歳で首都圏や福島県で暮らしている。このうち、 4人はがんが再発して甲状腺を全摘し、3人は片側を切除した。4回もの手術を受 けた人や、がんが肺に転移した人もいる。

 被害は彼らの人生の全てにおいて及んだ。治療を優先して大学を中退した人、希望を持って就職した会社を辞めざるを得なかった人、将来を思い描くことさえできない人もいる。 被害の実情はそれぞれ異なるが、誰しもが原発事故によって、将来の可能性や夢を根こそぎ奪われたことに違いはない。

 それだけではない。治療による苦痛や再発の不安、金銭的な問題とも生涯向き合わなければならない。その上、社会的なバッシングにも晒されている。

 それでも提訴後の記者会見で、原告の女性(26)はこう話した。

 「差別を受けるのではないかと恐怖を感じ、誰にも言えずこの10年間を過ごして きました。私たち以外の苦しんでいる子どもたちのためにも、声を上げることで少 しでもこの状況を変えたい。そんな気持ちでこの裁判に挑んでいます」

提訴後に記者会見する原告の女性=2022年1月27日、東京都千代田区

 原発事故と甲状腺がんの因果関係を問う、初めての裁判が始まってから半年。社会的な関心が高く、裁判には毎回多くの人たちが詰めかけている。

 これまでの口頭弁論を振り返る。


 



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?