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サキタハヂメさんが描く、心に寄り添うのこぎり音楽

サキタハヂメさんは、私が最も敬愛する音楽家のうちの一人だ。

名前を聞いたことがない、という人でも、きっと彼の作った音楽を一度は耳にしたことがあると思う。彼はこれまでに沢山のドラマやCMなどに楽曲を提供している作曲家であり、得意とする楽器”ミュージカルソー”の音色は一度聴くと忘れられない輝きを持っている。

サキタハヂメ
作曲家
ミュージカルソー(のこぎり)奏者

世界初の「のこぎり協奏曲」を作編曲し各地のオーケストラで演奏。国内外で精力的に演奏活動。NHK朝の連続テレビ小説「おちょやん」、NHK Eテレ「シャキーン!」、日本テレビ「フランケンシュタインの恋」「妖怪人間ベム」「ど根性ガエル」、WOWOW「宮沢賢治の食卓」、NHK木曜時代劇「銀二貫」、NHK BSプレミアム「黒蜥蜴-BLACK LIZARD-」等のドラマ、CM、ミュージカル、演劇公演などに楽曲提供多数。平成16年大阪市「咲くやこの花賞」、平成23年「文化庁芸術選奨文部科学大臣新人賞(芸術振興部門)」受賞。「奥河内音絵巻」「山を鳴らす」等、既存の音楽家の枠を超えた規模での音楽表現を模索し発信し続けているアーティスト。

Biography - サキタハヂメ公式ウェブサイト(https://hajimesakita.com/biography/

私は幼い頃、毎日のようにNHK「シャキーン!」を見ていた。その後、以前の記事に書いたように日テレ系ドラマ「フランケンシュタインの恋」にハマったとき、その劇伴担当であるサキタさんの存在を知った。その後、そのドラマのサントラを買ったり、それまでに発売されていた他のCDをいくつか買ったり、WOWWOW「宮沢賢治の食卓」で劇伴を担当すると聞いて有頂天になったり(私は賢治作品に人生を変えられたと言っても良いほどのファンなため)と、何年もずっと彼の作品を推し続けている。

さて、今回は彼の作品の中でも、2008年発売の1stCD「MUSICAL SAW SONGS “S”」、2011年発売の2nd CD「SAW much in LOVE」の中から、特に私がその魅力を語りたい曲を独断と偏見でピックアップして紹介していきたい。


1stCD「MUSICAL SAW SONGS “S”」

1.光のさす方へ
優しくも力強いピアノの上で、ミュージカルソーが素直なメロディーを祈るように歌い上げる。アルバムのはじめに相応しい、まさにサキタさんのサウンドの芯となっているような一曲だ。
この曲のメロディーは、ミュージカルソーという楽器で演奏することでしか本当の輝きを纏うことができないと思う。とても美しいメロディーではあるが、どうしてか他の楽器で演奏しているところをなかなか想像できない。ミュージカルソーの持つ、ごく単純で透きとおった音色と、ゆったりと移り変わる音程、さざ波のようなビブラート。それらを以ってして初めてこの音楽の世界が立ち上がるのだ。
また、この曲はYouTubeにアコースティックギターとのアレンジバージョンが公開されている。アルバムバージョンが夜明けの森を照らし出す一条の光なら、こちらはいつか夢に見たひとつのランタンの光、というような、一味違った響きを感じることができる。

8.楽園~私を泣かせて下さい~
ヘンデルの有名なアリアを3拍子(8分の6拍子?)にアレンジした一曲。
サキタさんはクラシック曲のアレンジもたくさん行っており、それに特化した「SAW CLASSIC 1」「SAW CLASSIC 2」というアルバムもリリースしている。
包み込むように響いたりパチパチとはじけたりする電子系のサウンドが心地よい曲。”楽園”という言葉から、大きな植物園の温室に柔らかい陽光が差し込んでいるような風景を想像してしまう。
次に紹介する『TOMORROW』などでもそうなのがだが、曲が盛り上がりきったところで一瞬静まり、またエンジンをかけて進みはじめる、というような緩急のつけ方がいくつか見られる。その切り替わりの瞬間に心がふっと浮き上がり、遠景と近景が入れ替わるような感覚があるのが、なんとも不思議だ。
冒頭から流れ続けている伴奏(ド♯ファ♯ソラソファ♯シミソド♯シラ~)が個人的にとても好きで、またそれが2つ目の主題の裏で少し高い音程まで上っていくところに心地よい盛り上がりを感じる。

9.TOMORROW
実はこのアルバムの中で一番好きな曲だ。が、私の知識不足でこの曲のジャンルやらなんやらは全く分からないので、どう形容したものか……なんとなくハワイっぽく感じるのはただミュージカルソーの音の形がハワイアンギターに似ているだけな気もしていたり…….。ポップスっぽい親しみやすさも感じる。
TOMORROW。明日。伸びやかに両手を伸ばしてうたうミュージカルソー、一歩一歩地面を踏みしめるようなエレキギターのフレーズ、楽しそうににリズムを刻むドラムやタンバリン、最後に聞こえてくる子どもたちの歌声。
時に昂ぶり時に静まり、朝と夜を幾度となく繰り返しながら、先へ先へと進んでいく、どこにでもある街のあたりまえの日常。
ありふれた歌のようにも聞こえるのに、どうしても心を揺さぶられてしまう。知らず知らずのうちに胸の奥に明日への希望が芽生えるような、そんな曲だ。
いつかこの曲を聴きながら昇ってくる太陽を見てみたい、と思う。


2nd CD「SAW much in LOVE」

4.ウキウキキョロキョロ
大阪出身、”オモロイ”を日々探求するサキタさんの脳内を見せてもらっているような気分になれる、愉快な一曲。
ミュージカルソーの奏法は大きく分けて”弓で弾く”と”バチで叩く”があり、この曲では後者を中心に弾むようなリズムが繰り広げられていく。
そこかしこで自由気ままに鳴っているパーカッションたちや、誰かのかけ声、会話するように繋がっていくメロディーが実に楽しげで、聴きながら
この他にも、同アルバムの『馬』『Typewriter』、「MUSICAL SAW SONGS “S”」の『SAW FUNNY RUG』、さらに朝ドラ「おちょやん」の劇伴などで、そこかしこにサキタ流”オモロイ”を感じることができる。

11.翼~Steel Fantasy~
確かこの曲は、前奏部分がEテレ「シャキーン!」のワンコーナーで使われているのを聴いた記憶がある。初めて聞いたときにすぐピンときて、やはり音楽の記憶はこうも力強い、と感心したものだ。
冒頭から、どこまでものびのびと飛んでいく翼を想起させるような音が飛び出す。このような音形は弦楽器や電子楽器でも出すことができるのだろうが、ミュージカルソーの音色には、そのどれとも違う飾らない響きをがあるように感じる。さらにこの音形は曲全体で要所要所に使われており、特に一番最後の大空に投げ出すような一音は爽快だ。
このまま歌詞をつけて歌いたくなるようなキャッチ―なメロディーも魅力的。クライマックスに転調し、メロディーにハモリのパートが現れると、本当に舞い上がってしまいそうなほど心が高揚する。

12.ふたり
シンプルなコード進行に合わせて歌われる、四分音符がほとんどのメロディー。優し気なギターの伴奏とあわせて、どこか懐かしさが薫る。
終始やさしく、子守唄を口ずさむような音色に、どのような『ふたり』の情景が重なるだろう。例えば、海辺のベンチに並んで座り、触れ合う肩に温もりを感じながら、夕焼けを眺めるひととき。或いは、満点の星空の下で、今となりにいるその人との奇跡のような出会いに感謝する時間。或いは、ひとりきりの寝室で、遠い日に見たあの人の姿をふと思い出す瞬間。
一度転調しまた元の調に戻ってくる構成は、過去や未来に思いを馳せながらも今この瞬間を嚙みしめる、というような心情に重なるだろうか。愛しさだけでなく、どこか切なさも感じるのが不思議だ。
挿入歌のようであり、エンドロールのようでもある、心の片隅に秘めておきたい一曲だと思う。


まとめとあとがき

私がこれらのアルバムを聴くときの気分は、明らかに”思い出”の領域に由来している。「シャキーン!」を観ていた幼少期、初めてサキタさんのアルバムを買った学生の頃、それらの時代に私が感じていた安心感や温もりが、今ではサキタさんの音楽と結びついている。
ではそのような私情を抜きにして、広く人々にこの音楽の魅力を伝えるとしたら。そこにあるのは、”寄り添う音”というイメージだと考える。
大編成のオーケストラでも迫力のバンドサウンドでもなく、歴史の文脈を持つクラシック音楽でもなければ、歌詞や物語を乗せたポップス音楽でもない。だからこそ、どんな気分の時にでもさり気なく寄り添い、優しい眠りに就かせてくれたり、いつの間にか背中を押してくれたりする。いつでも手のひらにそっと握っておきたくなるような、お守りのような音楽だと私は思うのだ。

さて、かなり偏ったチョイスになってしまった上、紹介文もあまり芸がないものになってしまったが、これをもって少しでもサキタさんの曲を聴いてみようと思う方がいれば幸いだ。この記事の内容は各アルバムのライナーノーツと極力被らないように気を付けたので、アルバムを入手した際にはそちらもまた楽しんで頂けると嬉しい。
また、私は関東在住で、サキタさんの主な活動圏は大阪を中心とする関西一帯なこともあり、残念ながら実際にライブやイベント等に参加したことはまだない。いつか必ず行ってみたいと強く思う。


(見出し画像は、筆者が以前購入したミュージカルソー。学生の頃に一度自由研究の題材にしたものの、如何せん奏法が難しいためその後はほとんど使っていない。)

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