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裁判傍聴 糾弾と救済

今日、金曜日は午前中オフ。
ふと裁判傍聴を思い立ち、立川地方裁判所へ。

被害者2人の殺人事件。
被告は小玉喜久代さんという79歳の女性(以下Kと記述)

本日の公判は検察官の論告求刑、弁護士の最終弁論、被告人の最終陳述という、本件裁判のクライマックスである。

Kは2021年の4月、同居していた長男(47
)を絞殺。保釈中の5ヶ月後の9月、今度は自身の身元引受人として同居していた妹(74)を絞殺した、2件の殺人の罪に問われている。
ちなみにKは夫を病気で亡くしていて、最初の殺人事件当時は長男と2人暮らしだった。

第一の殺人。
統合失調症と糖尿病を患う長男が、病気を苦にしてインスリンの大量服用で自殺を図るも死にきれず。
殺してくれ、楽にしてくれ、と頼まれたKはトレーナーで長男の首を締めた。

第二の殺人。
保釈中のKの身元引受人であった妹が、自宅で転倒し、肋骨を7本骨折して日常の動作も不自由に。統合失調症の悪化も加わり、もう死にたい、お母さんのところに行きたい、とKに訴えた。その後Kは就寝中の妹をベルトで絞殺。

被告席のKは、艶のない白髪を後ろで束ね、痩せて弱々しく、とても2人を絞め殺した加害者であるようには見えない。

裁判員が入廷して全員起立、一礼し開廷。
司法修習生2名立会い。裁判員は10人くらい。男女半々。若い女性が多い。男性も俺くらいの年齢の人が1人で、後は比較的若そうだった。

がっちりした体格の男性検察官が立ち上がって論告開始。やたら早口のせいで少し聞き取りにくい。
第一の殺人については嘱託殺人と認定済み。第二の殺人で嘱託殺人が成立するのかどうかというところが争点。
被害者である妹は、本気で死ぬつもりではなかったし、死にたいというところまで追い込まれた状況でもなかった。死にたい、と口走ったのは単なる愚痴の範疇であるというのが、検察官の主張。
またKの供述には曖昧なところがあり、殺してくれとの嘱託を受けたとは考えにくい。むしろKは独りよがりな判断で、ほんの愚痴をこぼしただけの被害者に、他の対応策も考えることなく手をかけた、と。だからこれは嘱託殺人ではなく、殺人であると。
犯行後、Kは自ら警察に電話をしているが、この時も、被害者から頼まれて殺してしまった、と述べている。実際は頼まれたことはなく、この供述は殺人を嘱託殺人に見せかけるためのものであるから虚偽であり、自白も成立しない、と主張。
息子を殺しておきながら、5ヶ月後には妹まで手にかける。これは人の命を軽視した悪質な犯行であり、Kは厳しく裁かれるべき、と。
論告の最後に、検察官はKに対して、懲役12年を求刑(嘱託殺人の場合、量刑上限は懲役7年)した。

検察官の論告を聞いていて感じたのは、彼はKに与える罰を、更生あるいは救済に繋げるという見地からは全く見ていない、ということ。被害者の死という結果に見合った応分の報いをKに受けさせる、という一点のみに焦点を置いている、ということ。

検察官の論告求刑の後、若い女性弁護士が法廷中央に立った。彼女は真っ直ぐ裁判員を見つめ、落ち着いた声で抑揚をつけて、ゆっくり語りかけた。
モニターにスライドも映し出してわかりやすく説明。検察官席から動かず書類を見ながら早口で話していた検察官との対比が目立った。

77歳まで平穏な生活を営み、同居して介護していた息子を、本人の頼みを受けて自分の手にかけざるを得なかったK。
彼女は妹ともとても仲がよく、第一の犯行後は妹が身元引受人になって同居していた。妹は長男同様、統合失調症を患い、治療薬として服用していたレボトミンの副作用で転倒し、肋骨を7本折ってしまう。それでも病院には入院させてもらえず、まともな日常生活も困難になったところに、今度はレボトミンを減らしてことで統合失調症が悪化。希死念慮が強くなり、Kに対してに死にたい、お母さんのところへ行きたい、と漏らす。
長男を殺めた自分が収監されたら、妹はどうなるのか、という思いもあり、Kはベルトを妹の首に巻いた。妹の遺体に抵抗した跡は見られなかったという。

これは医療と福祉の連携が取れていたら起こらなかった事件です、と彼女は断言した後、被告は懲役3年執行猶予5年が妥当と考えます、と述べた。

最後に、何か申し述べることはありますか、と裁判長から問われ、よろよろと証言台に向かったKが発した言葉は「別にありません」だった。
Kの深い絶望がひしひしと伝わってきた。

弁護士が検察官を圧倒した、という印象。
被害者2人の嘱託殺人で、これまでに執行猶予がついた判例は無い。もし、そのような判決がでたらこれは大ニュースになるだろう。だが、今日の法廷の空気ではそれは有り得るかも、と思った。

検察官もやりにくかったかもしれない。同じ嘱託殺人でも、自殺志願者をネットで誘い出し、自分の快楽のために殺すような事件であれば、彼ももっと水を得た魚のように生き生きと、自分の職責を果たすことができただろうに。
それにしても今日の弁護士は素晴らしかった。Kに深く寄り添い、思いを全力で裁判員に伝えようとしていた。彼女が何回か使った「愛」という言葉が心に刺さった。それは検察官の論告から最も遠い言葉でもあった。愛する家族に手をかけないとならない苦しみ。
それは想像を絶する。
正直に告白すると、彼女の話を聞きながら、俺は涙が止まらなかった。

令和5年2月3日、立川地方裁判所304号法廷。今日ここでの光景を忘れることはないだろう。

判決は今月13日。

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