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Podcastの裏側〜収録機材編2〜

 以前、『収録機材編』を書いてから2年が過ぎまして、いろいろと更新したり変更したりしたものですから、今回はそのあたりをご紹介しようと思います。

 まずいちばん大きな変更点は、オーディオインターフェースです。
 これまではbehringerのU-PHORIA UM2を使っていましたが、これがZOOMのUAC-232に変わりました。

 ZOOMというと通話アプリと混同されてしまうのですが、こちらは様々な音響機器——特にプロ用録音機材——を製造販売している日本のメーカーです。
 本社は御茶ノ水、ニコライ堂(東京復活大聖堂)のすぐ近く、幽霊坂の途中にあります。
 以前から本格的な取材のときにはPodTrak P4というポータブルレコーダーを使っていましたが、これと同じメーカーです。
 さてこのUAC-232、特徴はなんといっても32bit-float録音に対応していることです。
 32bit-floatというのは量子化ビット数が32(正確には24+指数部分が8)ということなのですが、このbit数が大きいほどダイナミックレンジが広い、すなわち小さな音から大きな音まで録音出来る範囲が広いということになります。
 ちなみにCDが16bit、いわゆるハイレゾ音源が24bitというのが一般的です。
「CDでも小さな音から大きな音まで入ってるじゃん」と思われるかも知れません。確かにポップスやアイドル、アニソンなどの音量変化が少ない(どんな音もクリップレベルぎりぎりにビッタリ貼り付いてるような)音楽ならそれでも十分なのですが、たとえばこれがクラシックや劇場で公開される映画音響の場合にはそうはいきません。
 劇場公開される映画の場合、TVでの放送や配信に比べるとダイナミックレンジは10倍からそれ以上に広く作られています。
 具体的にいうと、囁き声のような小さな音から身体を震わす爆発音まで映画館では幅広く再生されていますが、TVで見るときにはどちらも同じような大きさの音になってしまいます。
 ただもちろん、人間の耳というか脳は優秀でありなおかつおバカさんなので、囁き声を聞くと小さな音だと感じますし、爆発音なら大きな音だと判断します。
「それならダイナミックレンジが狭くてもいいんじゃない?」と思われるかも知れませんが、これはあくまでも聴覚上の錯覚であって、実際に小さい音大きい音を聞き取っているわけではありません。本当に小さい音大きい音を聞くと、人間の脳は如実に反応します。
 劇場で映画を観ると迫力があるでしょう?あれは画面が大きいというだけでなく、音の大小の幅が大きいからでもあるんですね。

 さて、では16bit、24bit、32bit-floatでどれくらいダイナミックレンジが違うかというと、以下の通りとなります。
bit数     ダイナミックレンジ
16bit   = 約96dB
24bit   = 約144dB
32bit-float  = 約1680dB
 これを見ただけでもいかに32bit-floatのダイナミックレンジが広いかおわかりいただけると思います。
 ではこれにどんなメリットがあるかというと、大きく分けて2つあります。
 1つは、いわゆる「音割れがしない」という点です。人間の声でも楽器の音でも、あまりに大きな入力があると録音のときに音割れを起こします。そうならないように入力ゲイン(感度のようなもの)を下げ過ぎると、今度は小さな音が聞こえなくなってしまいます。
 ですので収録の現場では、予想される最大音量をぎりぎり音割れしないレベルに設定するゲイン調整を行います。もしゲイン調整を誤って音割れさせてしまうと、そのデータはどうやっても元には戻りません。あとからどんなに音を小さくしても、音割れしたまま小さくなるだけです。
 32bit-floatの場合にはこの調整がいりません。もちろん、マイクのメカニズム的な限界を超えたりすれば音割れは起こると思うのですが、通常の収録ではそれはありません。
 ダイナミックレンジがあまりにも広いので、小さな音は小さく、大きな音は大きく、調整なしでそのまま録れてしまいます。スピーカーやヘッドホンにはそれ自体に再生出来るダイナミックレンジの限界があるので、最終的に書き出すときには調整が必要になりますが、収録時点で音割れしていないということはあとからいくらでも調整出来るということです。
 カメラに詳しい人向けには、32bit-floatはRAW撮影と同じといえばイメージがしやすいと思います。
 このダイナミックレンジの広さはもう1つのメリットに直結します。それは、ノイズが少ない、あるいはあとからノイズを小さくする処理がしやすいということです。
 もちろん使われている部品など他にもいろいろな要素はありますが、ダイナミックレンジが広いので、小さな音は小さいまま録れます。ということはバックグラウンドの小さなノイズとメインの音声とのあいだに大きな音量差があれば、全体の音量を下げればそのぶんノイズが小さくなるということになります。収録環境さえ整えてやれば、ノイズ処理がとても楽になります。
 このUAC-232を使い始めてから、明らかに音質は良くなりましたし、一緒に番組をやっている下平さんにも、「声が聞き取りやすい」といわれました。
 以前使っていたU-PHORIA UM2と比べると値段も違いますので、32bit-float以外にも部品のグレード的なものの違いもあるとは思います。
 そういう点でいうと、これをヘッドホンアンプとして音楽を聞くと明らかに以前より音質がいいです。プロやオーディオマニアの方が使う数百万円するような機材とは比べようもないとは思うのですが、十分な性能だと思います。
 唯一の難点はインジケータが明るすぎることで、僕は黒いマスキングテープを貼って少し光量を落としています。

 オーディオインターフェースを新調するのにあわせて、ケーブルも新しくしました。信頼と、実績と、思い入れのCANAREです。
 ケーブルは使っていると次第に劣化してくることもあり、新しくしてからはやっぱり音質、とくにSN比が良くなりました。これはUAC-232を導入したあとでケーブルだけを付け替えてチェックしてみましたので間違いないと思います。

 それから、外で収録するときの機材も新しくなりました。
 以前はTASCAMのDX-7Rを使っていたのですが、使っているうちに携帯電話の電波に弱いことがわかりました。携帯電話あるいはスマホは通話していないときでも基地局と電波でやりとりをしています。DR-7Xはこの電波を拾ってしまい、収録音声にノイズが乗るのです。
 もちろん自分のスマホは機内モードにしておけばいいのですが、特にDR-7Xを使うのは本当の意味で外、屋外が多いです。そうするとまわりに人がたくさんいることもあるわけで、いまどきはみんなスマホを持っていますから、まわりがノイズだらけということになります。
 それからメインのP4で収録しているとき、こちらはサブ機として回していることが多いのですが、サブ機がノイズを拾ってしまっては話になりません。
 というわけで、UAC-232と同じくZOOMのH1nに変更しました。DR-7Xに比べると音が少し軽い感じがしますが、人の声に関していうと聞き取りやすい音でもあるので、問題はありません。

 DR-7Xの方が筐体も大きくがっしりしているので手に持ったときの安心感はあるのですが、逆にH1nは小さく軽いのでポケットに忍ばせておいても邪魔になりません。両手を空けておきたいときや、あまり仰々しくしたくないときには、これにピンマイクを差して収録していますが、そういったときにも軽快です。
 あまり厳密にセッティングしなくても人の声をきちんと拾ってくれるようで、車の助手席と運転席、街を歩いているときなど、マイクを話者の方にピタリと向けなくても明瞭に声が録れています。
 下のリンクは陶芸家の酒井紫羊さんと録ったものですが、車の中では僕が助手席に座ってH1nを膝の上に置き、マイクをだいたい運転席の方を向けているだけです。
 また街歩きのシーンでは酒井さんは何メートルか離れた位置にいたり、むこうを向いてしまっていますが、それでも声は明瞭です。

 こちらも最近(2024年3月)、32bit-floatに対応した後継機のH1eという機種が出まして、これこそ32bit-floatの強味が活かせる製品ではないかと思います。
 というのも外で収録するときは事前に音量チェックも出来ませんし、途中でどんな音量の音が入ってくるかわかりません。あらかじめゲインを決め打ちしていかなくてはならないのです。
 僕はH1nで録るときは基本的には音割れしないように、少し余裕を持ったゲインで収録していますが、これだと小さな音が拾えないことがあります。普通に話しているぶんにはいいのですが、その話の後ろで、なにか小さな音量でおもしろい音が発生しているときには録り逃すことになります。
 ちょうど僕の番組『そんない雑貨店』第415回のオマケ部分でそんな話をしています。そこは本当にオマケなので、audiobook限定版の方にしか入っていませんが。

 音割れはしたくない、ノイズも減らしたいけど、おもしろい音であれば小さな音でも拾いたい。そういうわがままも、32bit-float対応のレコーダーならかなえてくれるかも知れません。

 それから、編集の効率を上げるためにLoupedeck(「ループデック」と読みます。中の人に聞きました)のLive Sを導入しました。
 これはダイヤルやボタンに様々な機能を割り当てることが出来るコントローラです。ダイヤルもあるので、ボリュームや移動、拡大率など値を連続的に変化させるのにも便利です。

 さまざまなソフト用のプロファイルやプラグインが用意されていますが、そうでないものは自分でショートカットを登録することが出来ます。
 僕はポッドキャストのメイン編集をaudacityで行うのですが、よく使う機能の設定がなかったのでショートカットを登録しました。もちろんショートカットをキーボードから入力すれば同じことが出来るのですが、数が多くなってくると覚え切れなかったり煩雑になったりするので。
 あとは、編集作業がリズミカルに行えるのがいいですね。気持ちの問題なのでしょうけれど、音声編集中に「ええっと、あの機能はどこだっけ?」なんてやってるとやっぱりノリが悪くなります。そんなとき、目の前に「これです!」ってボタンがあるとポンポンと編集していけますね。
 また、ボタン部分がLCDになっていて、好きな画像を表示することが可能です。いちばん上の画像左がそうですが、機能に合ったイメージのアイコンを作って表示しています。
 このボタンにはショートカットだけでなくテキストも登録出来るので、定型文を登録しておくと入力が楽になります。

 というのが、最近更新した機材と使用例です。ご参考になれば幸いです。

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