読書感想文「月曜か火曜」ヴァージニア・ウルフ
ウルフの「月曜か火曜」を読了したので簡単に感想を書きます。
最初に述べておきますが、この本に収録されている八編は「ある協会」を除いて既に「青と緑」という単行本に収録されており、そちらは二〇編収録されているので購入するならそちらのほうがお得です(訳者は違いますが)。わたしはkindle版の「青と緑」を持っていて半分まで読んでいたのですが、装丁に惹かれてこちらも購入しました。
「月曜か火曜」は、一九二一年に出版されたウルフの自薦短編集です。表紙や挿絵の版画は、ウルフの実の姉であるヴォネッサ・ベルによるもので、いわば当時の復刻版です。
前述の「青と緑」と違って、脚注が極めて詳しく載っているため、難解なウルフの小説を読む上でとても助かります。まあ二〇〇〇円もして短編八編なので、コスパは悪いですが(笑)。
しかし自薦というだけあって内容的には素晴らしいです。ウルフといえば、「ダロウェイ夫人」(一九二五年)や「灯台へ」(一九二七年)「オーランドー」(一九二八年)などの長編が有名ですが、この短編集はそれらの作品にたどりつく前の「芽生え」を感じさせる逸品が並んでいます。
わたし自身、「灯台へ」しか読んでいないので、偉そうなことは言えないのですが、ウルフの長編はかなり読みにくいので、内容的にも分量的にもウルフ入門には最適な気がします。合う合わないがわかりますので。わたしの場合はこの短編集を読んで益々ウルフが好きになったので、「青と緑」を読んだら、「ダロウェイ夫人」か「波」「オーランドー」あたりの何かを読もうかなと思っています。
さて感想ですが好きな作品についてのみ簡単に述べます。
「キュー植物園」
キュー王立植物園を舞台にした短編ですが、こんな小説には出会ったことがなくひたすら感動しました。あらすじに?いえいえ、ウルフの小説にそんなものはほとんどありません。この短編は、植物園を通り過ぎる四組の人間(子供連れや若いカップルなど組み合わせはそれぞれ異なる)の描写と、植物園の一点にカメラのレンズを思い切りズームして、カタツムリがゆっくりと進む様の描写が交互に書かれるだけです。しかしその描写がここまでやるかと思うほど緻密で繊細で美しい。確かに人間の会話にも意味があり、第一次世界大戦のトラウマやフェミニズムを感じさせますが、個人的にはそういうことはどうでも良いです(笑)。例えば美しい若い男女のカップルの描写。
カタツムリの描写はこんな感じで延々と続きます。
ウルフの手法、例えば「意識の流れ」などはこの時点では確立していないのですが、あきらかにその芽生えを感じます。人間のやりとりを描写して戦争やフェミニズムを主張しながら一方でカタツムリになりきってその心理を描写しています。筋も何もないので、面白くない人には面白くないですが、わたしはこれだけでごちそうさまです(笑)。
壁の染み
これもウルフの真骨頂。主人公は部屋の壁の小さな染みを見つけます。あの染みはなんだろうか、と瞑想します。ただそれだけです。近くに言って確認すれば良いだけじゃないかと思いますよね(笑)。それをしないでたったひとつの染みから文学論やイギリス連邦のこと、フェミニズム、その他ああだったのではないか、こうだったのではないかと思索が飛び交います。最期にオチがあるのですが、英語の洒落になっていて脚注がないとわかりません。しかしまあ、ひとつの染みだけで小説を書いてしまう、しかも美しい描写で綴られる。こんなのあり?と思わずにはいられません。
書かれなかった小説
列車に乗り合わせた見ず知らずの女性を観察して、その女性を主人公にした物語を勝手にどんどん膨らませて紡いでいくメタフィクションです。「書かれなかった小説」というタイトルは、その勝手な想像で作られた物語を指しています。小説の中で別の小説が妄想によって構築されるという手法は、ウルフの今後の長編につながっていくのでしょう。
他にも複数の事象が同時に語られる「月曜か火曜」、散文詩と言って良い「青と緑」、恐らく最も読みやすいゴーストストーリー「幽霊たちの家」など、いずれもよくできた作品です。
個人的にはダントツに「キュー植物園」が好きです。美しい植物の描写もさることながら人間の生々しいやりとりを描いた後、急に自分がカタツムリになったかのような錯覚に陥る落差がかなり衝撃的でした。
ウルフは、今お気に入りの作家の一人ですので、引き続き長編を読んでみたいと思います。
それではまた!
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