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三島由紀夫の言葉の美しさと死生観を映像から知る

 一九六六年のNHKのインタビューです。
 三島由紀夫は、わたしの尊敬する作家ですが、膨大な作品群の一部しか読んでおらず、彼を文学から語れるほどの知識はありません。ただ、戦後の日本文学界で彼ほど古典を大事にしながらも理路整然とした正しく美しい日本語で書き、語る作家は他にいないのではないかと思います。
 同時にその思想は、最期の顛末もあって単なる右翼のように見ているひとが今でもいるかもしれませんが、決してそうではありません。彼の死生観から今の日本が学ぶべきことは多いとわたしは考えます。
 このインタビューのポイントがいくつかあります。
 前半は、WWⅡについて、後半はDeathについて語っています。
 ポイント1
 語られる日本語の美しさ。彼は何かを見て喋っているわけではありません。彼の映像は他にも色々ありますが、例えば東大生との激論ひとつとっても、あらかじめ用意されたメモを読み上げるような政治家や学者と違って、すべてその場で頭の中に浮かんだ言の葉が流れるように出てくるのです。
締めくくりの「これからも何度も何度もあの8月15日の木々を照らしていた激しい日光、その時点を境にひとつも変わらなかった日光はわたくしの心の中にずっと続いていくだろうと思います」の一文だけとっても小説の非凡な一節になり得るでしょう。
 ポイントⅡ
 英語字幕がついている。英語の勉強になるというのもありますが、それ以上に英語に訳すとこうなるのか、これで果たして日本語の美しさが伝わるのか、という疑問を持つことが出来ます。これは逆に海外文学を邦訳した場合にも言えることです。例えば前半彼は「欣喜雀躍」という言葉を使っていますが、英語ではjumping for joyです。知的再建は「intelligent reconstruction」「精神的再建」は「spiritual rehabilitation」です。意味はあっていますが、個人的に違和感があります。
 ポイントⅢ
 ここが一番大切なところですが、後半彼が述べている死生観です。要するに今の日本人は、戦国が終わって「武士道とは死ぬことと見つけたり」のような英雄的な死に方ができなくなった侍と同じで、どういう風に死んで良いかわからない、何のために死ぬかわからない(つまりは何のために生きるかわからない)状態だと言っています。実際そのとおりだとわたしも思います。メメントモリ(死を想う)ことの重要性は記事で何度か書きましたが、わたしも病にかかって死について真面目に考えるようになってから、逆に毎日充実した生き方ができるようになりました。小説をまた書き始めたのも「死を想う」ようになってからです。
 三島由紀夫は、後半の最初にリルケの言葉を引用して語っています。「現代人はドラマティックな死ができなくなった。病院の一室で一つの細胞の中の蜂が死ぬように死んでいく」と。
 
 三島由紀夫は短い生涯で膨大な作品を残している上に、英語は堪能で古今東西の文学にも精通しており、天才的な頭脳の持ち主ですから学ぶべきところが極めて多いです。もちろん苦手な人もいるでしょうが、彼を知らないのはもったいない。なんでもいいから彼の言の葉に触れほしいと思います。小説を読むのが面倒なら、映像もたくさん出ているので暇なときに観てみるのも良いのではないでしょうか。美しい日本語の語り口に圧倒されると思います。

今回は少しだけ三島由紀夫の話でした。
それではまた!

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