見出し画像

もんじ焼きで微笑んで

小学生の頃の私は週に1、2回のペースで
もんじ焼きを食べに友達と駄菓子屋へ通っていた。
もんじゃ焼きではない、もんじ焼きだ。
私の地元である栃木県宇都宮市の隠れた名物。
小麦粉を水で溶いたものに、ソースで味付けをし
青のり、天かす、桜エビ。
この3つの具材だけで構成されたもんじゃ焼きの亜種の様な鉄板料理だ。
イメージするならもんじゃ焼きの具を極力減らし、その分ソース味の液体を増量しました。そんな感じのメニュー。
焼き方ももんじゃ焼きとは少し異なり、土手の建設作業は一切なく、そのままどんぶりの中の液体を鉄板の上に流し落とす。ただそれだけだ。

私はいつも基本の味にベビースターラーメンを
トッピングで加えていた。
値段は130円。内訳は通常のもんじ焼きの値段
100円にトッピングの30円を足した金額だ。
当時1日100円のお小遣いを貰っていた私は、
いつでももんじ焼きが食べれる様に、
常に30円だけの貯金をしていた。

おばちゃんが一人で営む昔ながらの駄菓子屋に
2台だけ置いてある4人掛けの四角い焼き台。
それはもう年期の入った鉄板で、私の父が若い頃から使ってる物だという。
そんな鉄板は結構な争奪戦。
私達は学校が終わるとランドセルを自室に降ろし、
2台しかない人気の鉄板を求め、
おばちゃんの駄菓子屋まで息を切らし走っていった。激走して勝ち取ったもんじ焼きは最高のご馳走だ。もんじ焼きから立ち上る香ばしい煙に包まれ、熱々のドロドロを皆で囲んでは無邪気に笑い夢中で頬張る。ワクワクとフーフーが交差する度、私の中にある好奇心は弾け飛んだ。

なんだかホッとするおばちゃんの声、
古びた木製の椅子、小さな銀色のヘラ。
全てが心をくすぐった。

友達のオノッチはトッピングにカレー粉を入れ、
さいちゃんは大盛りのドデカどんぶり、シマオはもんじ焼きの隣で色んな駄菓子を焼いてはどの駄菓子がいちばん焼いたら美味しくなるかの実験をしていた。因みに1番はビックカツだそうだ。
もんじ焼きひとつとっても各々の個性が溢れ出す。
お小遣い余裕がある時は、甘い粉末を水で溶かして作るジュースを買っては喉をまったり潤した。
私のこだわりはもんじ焼きをわざとじっくり焦げ焼きにし、固まっていく部分をおせんべいのように
パリパリと食べることだ。

昨晩のテレビで放送されたお笑い番組のモノマネをしたり、ミニ四駆の改造方法やゲームのクリア方法など、おしゃべりの花は枯れることを知らなかった。

中学生になると勉強や部活が忙しくなり、
おばちゃんに逢いに行く機会は少しずつ減っていった。それでも、部活が休みの日に食べるもんじ焼きは最高だった。私は大盛りでトッピングにベビースタラーメン、それをコーラで流し込む。
私自身の身体の成長と共に、もんじ焼きは大盛りになり、粉末のジュースは瓶のコーラに変わっていた。

隣町の高校に入学してからは、学校が遠いこともあり、部活が終わって帰宅する頃には駄菓子屋の
シャッターはいつも降りたままだった。

私の身体が大きくなる程、おばちゃんとの距離が
離れていく。そんな実感が閉まっている駄菓子屋の
前を自転車で通過する度に溢れ出た。

高校を卒業すると私は就職の為に上京をした。
もんじ焼きを食す機会も無くなり、おばちゃんの
笑顔や声もだんだんと靄がかかっていった。
もんじゃ焼きはたまに食べに行くが、
もんじ焼き屋は東京には無い。
私はめまぐるしい都会の流れにガタガタと流され、必死にしがみつくようにバタバタと働いた。
私自身では気付かぬうちに幼少の記憶は音も無く
薄れていった。

そんな中お盆休みに一週間の帰省することとなった。お墓参りを終えると、久々にオノッチから
着信があった。

「久しぶり!元気?お盆休みで宇都宮に帰ってきたりしてる?」
懐かしい声がスイッチとなり一瞬で小学生に戻った様な感覚に覆われた。
「帰って来てるよ!」
声が弾んだ。
「急なんだけど今日の夜、うちでシマオとさいちゃん呼んでもんじ焼きパーティーやるんだけど来ない?」
「いいじゃん!行くよ!何時?」
「19時」

久しぶりの友達と久しぶりのもんじ焼きだ。
私は胸が高鳴った。
それと同時におばちゃんの駄菓子屋の中の風景が
頭の中いっぱいに広がった。
私は急いで友達に電話をかけなおした。

「もしもしどうした?」
「そういえばおばちゃんの駄菓子屋ってまだあるよね?」
私は急いで質問をした。
「ああ、詳しくはわからないけど駄菓子屋はもうないよ。おばちゃんの姿も最近は見てないな」
「そっか、ありがとう」
私は自分勝手に心を揺らした。

子供の頃のもんじ焼きを囲む駄菓子屋の風景が
どんどんと色を付け蘇る。
おばちゃんにはもしかしたらもう会えないかもしれない。もうおばちゃんのもんじ焼きは食べられないかもしれない。
自分から離れていった癖に、都合の良い淋しさの波にのまれていった。

「みんな久しぶり」

時刻は19時。

「さあ全員揃ったのでもんじ焼きパーティーの始まりです!」
オノッチが声高らかに開会宣言を行った。
「さいちゃんは大食いだからなあ」
そう言ったシマオはビックカツをホットプレートの隅で焼き出した。
おばちゃんの味とは少し違うけど、
ここはもうあの頃の駄菓子屋。
鉄板を囲み、子供の頃と変わらない話に花が咲いた。

今はもうおばちゃんの駄菓子屋の様な、
鉄板の置いてある駄菓子屋は宇都宮でも少なくなってきている。

しかし、私にはもんじ焼きを囲む仲間がいる。
それはとても頼もしく、誇らしいことだ。
ありがとう、みんな。
ご馳走様、おばちゃん。

そこには子供の様に笑う4人を、
モクモクと煙を立ち上がらせたもんじ焼きが
ふつふつと微笑み、見守ってくれていた。

この記事が参加している募集

#スキしてみて

526,258件

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?