見出し画像

pʲ < ʃ の話

友人と授業終わりにスワヒリ語に関する調べ物をしていたところ, スワジ語で「新しい」という語彙は -sha [ʃa] であるという情報が出てきた. スワヒリ語で「新しい」は -pya と言うが, これはなんだかラテン語とフランス語の音対応 sapiam : sache [saʃ] (cf. pʲ > ʃ) に似ているなと感じた.

Wiktionaryをあたってみるとやはり -sha と -pya は同根で, バントゥ祖語 (PB) の *-pɪ́à に遡るらしい. と言うことはフランス語でもスワジ語でも *pʲ > ʃ という推移を経ていると考えられる. 比較言語学上の音変化を眺めているとあまり直感的ではない仮説に頻繁に出くわすが, これはなかなかである. ではその中間段階はどのようになっているのだろうか (それとも突然こうなったのか?).

フランス語の例を見ると, 現代フランス語の <ch> /ʃ/ は古いフランス語で [t͡ʃ] だったと考えられている. その証拠としては, フランス語から借用された英語の二重語 (doublet) に見られる. 英語の chief と chef はどちらも「頭」を意味するラテン語の単語 caput に起源を持つが, 英語に借用された時期が違うため異なった音・意味を伴って借り入れられた. 発音に関して chief は [t͡ʃiːf], chef は [ʃɛf] と発音されるが, 語源であるラテン語の caput /kaput/ を考慮すると k > t͡ʃ > ʃ という変化が妥当であると考えられ, /k/ が口蓋化を起こして破擦音化した段階を経ている. これを考慮するとフランス語やスワジ語に見られる *pʲ > ʃ と想定されていた音変化は *pʲ > t͡ʃ > ʃ という段階まで想定することができる.

*pʲ が突然 t͡ʃ になるという想定をすることができるかもしれないが, この前段階を想定することもできなくはない. Searchable Index Diachronica (https://chridd.nfshost.com/diachronica/) によると俗ラテン語から古プロヴァンス語に至るまでの音変化として pʲ > *pt͡ʃ > t͡ʃ   という推移が想定されている. つまり俗ラテン語の /pʲ/ における口蓋化素性が古プロヴァンス語に至るまでの過程で強化 (fortition) を起こしたという仮説である. おそらくフランス語においても同じような変化が起こっていると思われる.

Wiktionary を眺めていると, PB *-pɪ́à に対応するショナ語の語彙で -tsva [t͡sᶲa] "new" というものが見つかった. これは先ほどの古プロヴァンス語の例と同じような音変化がバントゥ諸語の一部においても起こった証左である. ショナ語ではまず *pʲ > *pt͡ʃ という変化がおこり, 次に音位転換 (metathesis) が起こり [*t͡ʃp] となった. そしてショナ語においては *t͡ʃ > t͡s および /p/ の弱化 (lenition) が起こり, 最終的には *pʲ > *pt͡ʃ > *t͡ʃp >t͡sᶲ という推移が想定できる.

スワジ語ではショナ語のように音位転換が起こらず, *pt͡ʃ において [p] がドロップし, [t͡ʃ] が弱化し [ʃ] となった, つまり *pʲ > *pt͡ʃ > *t͡ʃ > ʃ と考えられる.

遠い地の異なる系統の言語において同じような, かつ直感に反するような音変化を見つけた瞬間はとても心地が良い.

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?