【ss】アリス・リデルが起きてから
ハートマークに尖っている部分があるのは、奥深くまで刺すため。ふたつの丸いカーブは返しになって抜けないように。凶器の形だ。女王はいつでもご乱心に見えるけれど、彼女の言う「首を刎ねろ」が「ご機嫌麗しゅう。今日は素敵な日ですわ」と大体同じ意味なのを、城の者ならちゃんと知っている。しっかり愛の下に働いてきたから。
「この国って退屈ね。トランプがハートしか無いわ。大富豪をオンラインででしかできない」
「女王様、オフラインの大富豪となるとそれは我々にとって事実上の戦争です」
トランプは四分の三が国賊になってしまうので兵棋演習でしか使われていない。彼女はハートのペロペロキャンディを舐めながら「わ~ん、首を刎ねろ~」とつまらなさそうに椅子に沈んだ。
「そういえば、キューピッドの矢じりの輸出は変わりない?」
「それがですね、天界で少々バズりまして」
「あら」
「インスタの方で……」
「あちらの世界らしいわね」
「で、需要自体が増えているもののキューピッド様の腕は二本しかありません。向こうの人件費の問題で輸出量は変わっていませんが、近い将来に備えて少しばかり製造レーンと備蓄を増やしても良いかと」
「キャンディが美味しくなるニュースだわ」
女王はハートのペロペロキャンディを決して噛み砕かない。まるで彼女の気高さと同じ意味を表している。
「ねぇ、ソリティアよ、スパイダーソリティアを普及させましょう」
「貴女のおもしろきこともなき世をおもしろく、の精神は昔から感服させられます。しかし……あれは一人用では?」
「ああ、しまった。言う通りね。わたしの首を刎ねておくわ」
「飛んだ頭をキャッチしておきます」
どちらともなくクスクスと笑い、愉快な音がコロコロと王室の窓に反響して転がっていった。
「ふふ……そうそう、大富豪のワードは箝口を敷いた方がいいかしら」
「はてどうでしょう。将来国々の統一を果たすつもりがあるならば教訓として必要になるのではないでしょうか。ただ……私は実は賛成なのです」
「なぜ?」
「ハートの2がやたら偉そうになるので」
「笑いすぎて王冠を落としそうだわ。8がやたらとキメ顔に励むようになったり」
「ジャック様が下剋上に燃えるようになったり」
「良くない遊びね。でも最高かも」
「危ないお人だ」
側仕えは、ハートの国民が女王に向けるのと同じ笑い方で微笑んだ。
「ブラック・ジャックがいいわ。スペードの国に親善大使を送って遊びを輸入しましょう」
「おや、ではこちらだとレッド・ジャックですね。冴えてらっしゃる」
「それで、新しく刷った赤いトランプを国債にしない?」
「おお、おお、女王様をやるのが上手くなりすぎて明日はアリスの涙が降ってきますよ」
「首を刎ねるわよ!」
女王の両親の墓には退屈で死にきれぬと刻んである。
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