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「俺と師匠とブル―ボーイとストリッパ―」を堪能した

桜木紫乃さんの著作「俺と師匠とブル―ボーイとストリッパー」を読んだ。
直木賞を受賞された「ホテルローヤル」を読むつもりだった。いずれは、いずれはと思いながら読めていなかった「ホテルローヤル」をいよいよ読むのだ、と意気込んでいたら、先にこの題名に心を奪われてしまった。

「俺と師匠とブル―ボーイとストリッパー」

なんてかっこいいんだ。
長い題名って本当にかっこいい。

「限りなく透明に近いブルー」

「世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド」

「時計じかけのオレンジ」

「存在の耐えられない軽さ」

とっさに思いつくのはこれくらいだったので他には、とググッってみたら、まあ、たくさんあるのですね。


「もし高校野球の女子マネージャーがドラッガーのマネジメントを読んだら」

「学年ビリのギャルが1年で偏差値を40上げて慶應大学に現役合格した話」



おお、あったあった。そういえば。忘れてた。長いなんてもんじゃない。タイトルと呼べなくらい長い。さらに進んでいくと


「長生きしたけりゃふくらはぎをもみなさい」

「できる男は乳首できまる」

「出会い系サイトで70人と実際に会ってその人に合いそうな本をすすめまくった1年間」


うわぁ、読んでみたいわ。タイトルの力よ、スゴさよ。
ふくらはぎと乳首はそんなに大事なのか。知らなかった。
私に合う本をさがしてくれるなんて、なんて素敵なんだ。カウンセラーとか占い師の域にまで達してしまっている。すごい人もいるものだ。
そして、すごいところに行きついた。

「(この世界はもう俺が救って富と権力を手に入れたし、女騎士や女魔王と城で楽しく暮らしてるから、俺以外の勇者は)もう異世界に来ないでください。」

「男子高校生で売れっ子ライトノベル作家をしているけれど年下のクラスメイトで声優の女の子に首を絞められている。」

常に上には上がいるものだ。ライトノベル界隈はもう、大変なことになっている。もう内容も想像できないくらいぶっ飛んだタイトルだ。

当たり前のことだが、自分にとって長けりゃいいってもんでもなく。
グッとくるツボにはまるかどうか、だけの話ですが。

この、「俺と師匠とブル―ボーイとストリッパー」は、世界観が感じられて、ノスタルジックで、漢字とカタカナのバランスとかがもう最高。こういうセンスってどうしたら身につくのだろう。

とても読みやすい文体でさらさらと読めて、とても楽しく読了した。

舞台は昭和末期の北海道釧路。繁華街のキャバレーで下働きをする俺。、そこに師匠と呼ばれているマジシャンと、大男の女装家のシャンソン歌手であるブル―ボーイと、年増のストリッパーが年末年始の営業にやってくるところから話が始まっていく。

”俺”は、とても寮とは呼べない、古くてまともな寝具さえ無いようなアパートの一室にひとりで住んでいたのだが、年末年始の営業が終わるまでの間その3人のタレントも住むようになる。

部屋の状態があまりに酷い為、俺と師匠、ブル―ボーイとストリッパーという組み合わせで相部屋とし、飲食は4人で一部屋に集いながら束の間の間、生活する。
まだ若い俺、章介は、博打好きの父とそれに振り回され続けた母の元から、転がって流れ着いたようなこの場末のキャバレーで、多くを望まず、深く考えず貧しく暮らし働いていたが、この3人と過ごすようになり、少しずつ冷えた身体に体温が戻るように自らの生きる感覚を取り戻していく。そして章介は最終的に、あるきっかけで釧路を出ていく。

読後は、とても質の良い映画を観たあとみたいだった。文章も歌の歌詞みたいスルスルと気持ちよく入ってくる。臨場感があって読みやすい上にこの満足感、とても豪華だ。

年末年始の営業のタレントとしては全く期待されない出で立ちの3人だったけれど、ステージをやらせてみたら予想外だったいうのがまず一番良い。
大男のブル―ボーイことソコ・シャネルの歌声はホステスを泣かすし、ストリッパーのフラワーひとみは50代とは思えない舞台の力量があり、化粧と美しい脚と身体で魅せる。
マジシャン師匠は毎回マジックを失敗するが、逆に客を沸かせる不思議な愛嬌がある。

場末でも、そこそこのキャパシティがあるキャバレーが夜の魔法にかかったみたいにパーっと華咲くのが目に浮かび、お酒や香水の入り混じった匂いも漂ってくるみたいで何だか夢みたいだ。

あとはこの3人の体温だ。
女言葉の大男、ソコ・シャネルと関西弁のフラワーひとみのボケのない漫才のようなやり取り。穏やかで不思議な包容力がある師匠。皆の個性に体温を感じられて、実像があるかのように感じられる。本当に映画みたい。

釧路のきびしい寒さの描写がなおさら、寄り集まる事の暖かさを強調している気がして、ストーブを囲んで菓子パンやラーメンを食べる4人が愛おしかった。口が悪くても、品が無くても、貧相でも、暖かくて、おかしくて、別れの場面も、ラストシーンもジーンときてしまった。

主人公である章介はまだ若く、他の3人のように人に与えるほどの厚さや深さが無い。この3人の顔はなんとなく思い浮かぶのに、章介の顔がいまいち思い浮かばないのはそのせいかもしれない。

章介は、決して模範的とはいえない大人たち3人に出会い、すこしずつ癒され満たされていくのがわかる。さらにこの話の中では一番まっとうで賢い大人も居る。
マネージャーの木崎だ。章介が自らを考え、旅立つことが出来たのはこの木崎が指し示した指標のおかげで、木崎がいなければまた空虚な日々の末にどうなっていたのか、と思う。

いい大人に恵まれて良かった。
章介の人生がうまく色付けばいをいのに、と願いながら読んだ。


映画のようでいて、頭の中では自由に遊べて、題名もカッコ良くて最高だった。

「限りなく透明に近いブルー」を、そりゃあ水色ってことだ。、という夫にはわかるまい。この気持ち。



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