くもをさがす 読みました
本が売れない時代だ。とよく聞く。
スマホが登場してから時代は本当に劇的に変化した。生活や人との関わり方、物の考え方まで変わったのではないか。インターネットという人々の理想と願望を満たす便利なツールが自分の手元にやってきたのだから無理もない。
自分から労力を使っていかなくてもむこうから来てくれる便利さ。買いたいものも好きな動画もコンテンツも情報も欲しいものは自分のポケットやバックに入っている小さな機械にすべてつまっている。要らなければ切り捨てればいいし見ないという選択肢もある。自分の好むものだけで時間を満たすことができる。
つまり、面倒なこと嫌なことは我慢せずに回避できる機会が増えた。
自分にとって生きていくうえで面倒なことは意外とたくさんあって、それらを我慢しなさい、と教わって育った気がする。我慢は美徳みたいな。
しかしスマホの登場によって色々な事が便利になって、物事にじっくり向き合わずとも上っ面で生きていけるようだと勘違いして大好きだった読書すら少し面倒になってしまった自分の愚かさ、低能さにうんざりするが、事実だから諦めるしかない。
そしてこの本「くもをさがす」
本が発売されるや否や話題になりカナダでの生活のエッセイであること、乳がんをカナダで発症したことが情報として入ってきた。あまりにショッキングだったが、西加奈子さんがどんな言葉でご自身の経験を語られるのか知りたかったし、また異国での乳がん治療についても、とても知りたかった。
スマホなんて放りだして一気に読んだ。全然面倒じゃなかった。途中何回も何回も泣いた。泣きながらどんどんページが進んだ。
異国での癌治療は想像していた通り大変そうだった。加えてコロナが全世界を震撼させた2020年頃である。日本に帰国して2週間の隔離を経て新規の患者として治療するにはかなりの時間のリスクを負わなければならない程、当時は日本でも医療現場はひっ迫していた。コロナ渦でも遅延なくがん治療ができるバンクーバーでの治療を決断したそうだ。
医療システムの違いや国民性の違い、母国語ではない事の困難。困惑し、奮闘する様子には思わず固唾をのんだ。
先方の手違いで思うように治療する病院の予約が取れない、大切な注射が薬局に届かない、手術は日帰り、等々。がん患者となった本人がこんなに頑張らないといけないのか…と愕然とする。
主治医が決まり治療が始まって化学療法から手術で切除するまでは、各駅停車の普通運行のようだった。目的地まで決められた通りに進んでいく印象だった。
治療過程で登場する医師、看護師達は関西弁でしゃべっている。実際は関西弁ではなく英語でしゃべっているが、それくらいフランクで親切なのだろうとわかる。優秀で個性的で魅力的な人々がみんな関西弁で
「~なんやから!」「~やで!」
と話すのがおかしく、楽しい。
がん治療を柱とした内容だが、本人をとりまく大勢の友人や家族が大きく厚くその柱を支えている。とても大勢の友人、知人が登場する。そしてそのひとりひとりがとても魅力的で頼もしく優しく、読んでいる私も何だか心強くなってくる。著者の西さんもきっとこんな人なんだろうと想像する。
私がもし癌に罹患したとしてこんなにたくさんの友人に助けてもらえるのだろうか?そもそも友人は少ないほうだ。その少ない友人にこんなに頼れるだろうか?と思う。家族にも、もしかしたら本心を言えないかもしれない。そうなったとき私はどうなってしまうんだろう。
自分が本当に助けが必要なときには、自分というものと対峙しなければいけない。そして自分に起こる身体の変化や不調、心の繊細な動きや感情をすべて受け止めていかないといけないのだとあらためて思う。助けてと伝えるために。
西さんは自身からでた感情、思いを細かく解体してしっかりと正面から見つめていた。例えば恐怖、恐れもその時々で色々な要素でできていて、それはいつも同じではない。その要素をひとつひとつ取り出していく、見つめる、理解する、というように。
自分を無視しない。大切にあつかう。慈しむ。
とても大切なこと。言うのは簡単でも出来ず、私は日常的に自分を軽視している。
自分はいったいどこに行ってしまったのかと思う程、私は自分の奥底に沈んで自分と向き合うことが無くなっている。いつからだろう。
スマホを持つようになったからなのか、ただ歳をとったからなのかわからない。読みながらそんな事を考えた。
とても冷静なのに熱があって、とても率直なのに柔らかく、幾重にも重なっているけれどわかりやすい、そんな言葉たちに触れて心が震えた。
たくさん涙が出た。
やっぱりたくさん本読まなきゃ、と思った。
歳をとったせいか生きるのが随分と楽になったけれど、こんな風にじっくりと自分の心のなかに残って心がずっしりと満たされる感覚は、本を読んで自身のなかで咀嚼しなければ得られないと思った。
こんなに良い文章、言葉達に、そして西加奈子さんに感謝。
ありがとうございます。
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