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開業10年を迎えた日

 信号待ちの中、ハンドルの上にある手が忙しく掴む場所を探している。自分の気持ちが落ち着かない。ついさっき母に放った言葉を後悔していた。
・・・
 吉田さんと2人で前月の稼働回数を集計していた。集中している私たちに、やたらと母が話を振ってくる。気が散るからと、話を後にするようお願いするも、数秒でまた小話を挟んでくる。どうやら機嫌が良いらしい。
 作業が終わって一息ついたとき、待ってましたと言わんばかりに母が言った。
「実は今日で開業から10周年を迎えます。記念にみんなでケーキでも食べよう」
 なるほど、そういう事か。「よしケーキを食べようじゃないか」と息子ながらに親の気持ちを汲んでみた。

 しかし親子とは難しいもので、その数分後、経営方針の違いから母に厳しい言葉を投げつけてしまった。親子である故の私の甘えと言ってもよい。私はシュンとする母を置いて仕事に向かうことになった。その道中で、後悔の念に襲われる。

 起業後、10年続く企業は10%程と言われている。細々とながらも懸命に繋いできた母の努力は称賛に値する。開業当初、チラシを置いて貰おうと尋ねた薬局では冷たくあしらわれたり、同業者の組合らしきものに入ってしまって抜けるのに苦労したり。母の物語を知っているからこそ感慨深く、今日という日の素晴らしさが分かる。

 さて、私はどんな顔をして帰ろう。40才に近い息子が、まだまだ現役の母に向かって「ごめん」「ありがとう」なんてことは絶対に言えない。なので、この文章をもって謝罪と感謝の意を表明いたします。


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