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じぶんよみ源氏物語30 ~かくしてタブーは破られた~

物質主義の時代から聞こえる声

バブル全盛期の物質主義の時代。
そんな世の中に生まれた私にとって、
目に見えないものを信じることは、
ちょっとしたためらいもありました。

ところが、
源氏物語には、
占いがたくさん出てきます。
登場人物たちが判断に行き詰まった時、
占いに委ねる姿に触れると、
なんだか微笑ましくもありました。

そもそも光源氏が皇族から降りたのも、
父・桐壺帝が依頼した
高麗こまの相人の占いによってでした。

明石の姫君が皇后になるという判断も
宿曜すくよう、すなわち占星術からです。
科学が未発達な時代は、
自分を信じなかったのでしょうか?

目に映る全てのものはメッセージ

前回に引き続き、
源氏物語、第十九帖「薄雲」の巻です。

ここではひとつの時代が終焉を迎えます。
ついに藤壺が逝ってしまうのです。
37歳でした。

藤壺は、光源氏にとって、
最大の恋人と言える女性。

冷泉帝は、
この2人の密通によって生まれた
不義の子です。

巻名である「薄雲」の由来は、
光源氏が詠んだ哀傷歌によります。


入日さすみねにたなびく薄雲は
もの思ふ袖に色やまがへる

(訳)
夕日の差す峰にたなびく薄雲は、
悲しみに暮れる私の喪服の色と
同じ色に見せているのだろうか

藤壺の死が、風景に投影される感じ。
目に映る全てのものが、
亡き人からのメッセージに見える感覚。

これは今でも共感できる感覚です。

西のかた極楽浄土から差す光。
そこに細くたなびく雲は、
藤の色を思わす紫雲しうんでしょうか。
光源氏の中で、
藤壺が永遠の姿に変わった瞬間。


星のメッセージ

この年には災いが重なりました。
藤壺と前後するように、
太政大臣と桐壺院の弟も亡くなりました。

陰陽師たちが朝廷に差し出す文書にも
不可解なことが書いてあったのです。
えてして不幸なニュースは重なるもの。

その不吉な流れを汲み取ってか、
夜居よい僧都そうずが、
人知れず、罪の意識におののきます。

夜居の僧都とは、
藤壺の母の時代から
護身のための修行を行なった人で、
藤壺にも仕えた身。
深い信頼関係がありました。

70歳を超え、自らの往生を祈る中で、
秘密を抱え続けることに限界を感じます。

(夜居の僧都)
知ろしめさぬに罪重くて、
天のまなこ恐ろしく思ひたまへらるる

(訳)
この秘密を帝がご存じでなければ罪が重く、
天の眼差しも恐ろしく思えてしまう

藤壺は生前、
光源氏との密通を僧都に相談し、
冷泉帝が無事に即位できるように、
祈祷を依頼していたのです。

しかし、藤壺亡き今、
このまま往生することはできないと恐れ、
あろうことか、
冷泉帝本人に打ち明けるのです。

そもそも僧都は
目に見えない世界と現実社会を繋ぐ媒介者。
藤壺よりも恐ろしい「天」の眼を感じました。
彼のインスピレーションは、
世紀のタブーをも破ったのです。

僧都の暴露を受けた冷泉帝は、
当たり前のことながら、
思い乱れ、苦悩の沼にはまります。
自分は桐壺院の子ではなく、
光源氏の子だった、、、

上は、
夢のやうにいみじき事を聞かせたまひて、
色々に思し乱れさせたまふ。

(訳)
帝は現実とは思えない事実を聞かれて、
さまざまに思い乱れになる。

桐壺院への申し訳なさ、
父の源氏が部下として仕えている衝撃、
日常が瓦解していいきます。

帝が涙にむせんで引きこもっている姿を、
臣下たちは母・藤壺の死によるものだと
思い込んでいます。


風の時代

最近、「風の時代」という言葉を耳にします。

これまで当たり前だったことが、
当たり前ではなくなる世の中。
正解のない世の中。
これが「風の時代」です。

確かにそう言われてみれば、
日本の内外で、予想外のことが
立て続けに起こっているような気もします。

平安貴族は星や占いを
判断の拠り所にしました。

科学文明が発達した今、
私たちは判断の拠り所は、
自分自身の中にあることに気づいています。

ただ、
千年経っても変わらないのが人間の心。
源氏物語が今なお読み続けられるのは、
その証拠です。

藤壺という求心力を失った物語は、
風に運ばれて、
いったい、
どの方向に流されていくのでしょう。

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