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じぶんよみ源氏物語 17 ~時代の風を起こす~

混乱はチャンス

いかにして常識を覆すか。
今の世の中においてとても大切です。

どうやら、私たちが属する集団には、
現状維持バイアスがあるようです。
安全地帯で一息つきたいのはよくわかります。

社会に属する人たちは、
システムを変えた方がいいと分かっていても、
なかなか動かない。というより動けない。
それゆえ、前例にならうことが、
どうしても無難なやり方になってしまいます。

だからこそ、
何かを変えようとする時、
どうやって従来の「あたりまえ」を覆すかが、
ポイントになります。

一般的なプロセスを踏もうとすれば、
とても時間と労力かかるところ、
何かのはずみで混乱が起これば、
「あたりまえ」は当たり前じゃなかったことに
たくさんの人が気づくことになります。

そして、
権力者がいなくなった時、人々は混乱します。

特に、大きな影響力を持つ人物の死は、
残された者たちの常識を根底から覆し、
新たな秩序を再構築するために、
誰もが「じぶんごと」として、
思考と行動をせざるを得なくなります。


無秩序×無気力

前回に続いて、
第十帖「賢木さかきの内容です。

六条御息所が伊勢に下向した後、
宮中では様々なことが起こります。

発端は、桐壺院の崩御です。

光源氏の父である桐壺帝は、
弘徽殿女御との皇子を朱雀すざく帝として即位させ、
自らは院として政治を見守る立場にいました。

その桐壺帝が、亡くなったのです。

四十九日を過ぎてから、
宮中が混乱し始めます。
世の中の大きな均衡の喪失は、
光源氏にも無秩序な行動を引き起こします。

年かヘりぬれど、
世の中今めかしきことなく静かなり。
まして大将殿はものうくて籠りゐたまへり

(訳)
年が改まったが、世の中は喪に服していて
華やかなことはなく、静まり返っている。
まして、光源氏は、無性に憂鬱になって、
ひきこもっておられる。


やり場のないデカタンなエネルギー

大正から昭和にかけての無秩序な時代、
文学者たちは頽廃的な人生を送り、
その搾り汁のようにして文学を作りました。

太宰治は、心の空白を埋めるために、
小説を書き、女性を求めます。

中原中也も、フラストレーションの慰めを
恋人の温もりで充足させようとしました。

光源氏も、危険な恋に走り出しました。

まず、朧月夜と心を交わします。
彼女は弘徽殿女御の妹で、
本来は朱雀帝の后になるはずでしたが、
光源氏との関係が発覚し、
女官として仕えていました。
心では光源氏のことを想っています。

光源氏の衝動は止まりません。

ものの聞こえあらば
いかならむと思しながら、
例の御癖なれば、
今しも御心ざしまさるべかるめり。

(訳)
噂になったらどうしようと思われるが、
いつもの癖なので、
今の方がかえって思いが募るようだ。

とはいえ、この恋をもってしても、
心の空白は埋まりません。

当たり前の存在として頼っていた桐壺院は
もはやこの世にいない。
代わりに、
政敵である弘徽殿女御の勢いは増すばかり。

かかるべきこととは思ししかど、
見知りたまはぬ世のうさに、
立ちたまふべくも思されず。

(訳)
こうなるだろうとはお思いになっていたが、
いざそうなってみると、
経験したことのない世の中がいやになって、
人と交わろうと思う気すら起こらない。


藤壺のエネルギー

もうひとり、
桐壺院への喪失感に苦しむ人がいました。
藤壺です。

肩身の狭さを感じたまま、
春宮とうぐう(皇太子)を養育するためには、
どうしても光源氏の力が必要でした。

光源氏との密通を桐壺院に気づかれなかった
そのことを思うだけで、
胸がドキドキしていたのに、
再び間違いが起これば、
自分はどうなっても、
春宮のためにはきっとよくないだろうと考え、
光源氏を思いとどまらせようと祈祷します。

ところが、
あろうことか彼は寝室に忍び込んできたのです。
藤壺はショックのあまり、胸を痛めました。

藤壺の発作に人々が驚きふためいている間、
光源氏は
塗籠ぬりごめという納戸に隠れる始末。

混乱がおさまった後、源氏は藤壺に漏らします。

世の中にありと聞こしめされむも
いと恥づかしければ、
やがて失せはべりなん

(訳)
私がこの世の中に生きているのを
あなたが耳にされるのもとても恥ずかしいので、
このまま死んでしまおうと思います

藤壺からの拒否を受けて、
光源氏は、さらなる無気力に陥ります。

出家を思い立ちますが、
紫の上を見ると、それもできません。

ところが、思いもよらぬことが起こります。
藤壺が出家したのです。

出家とは、世を捨てること。
この世との隔絶を意味します。

桐壺院の一周忌に合わせて
藤壺が主催した法華八講ほけはこうの法会の際、
彼女は出家の意向を表明します。

人々が慌てふためく中、
なんと参加者の前で、
比叡山の僧都に髪を切ってもらいます。

(光源氏)
月のすむ雲ゐをかけてしたふとも
このよのやみになほやまどはむ

(訳)
月の澄む空に願いをかけて
あなたを追いかけて出家したとしても
子である春宮は、心の闇に惑うでしょう


(藤壺)
おほかたのうきにつけてはいとへども
いつかこの世を背きはつべき

(訳)
この世の全てがいやになって出家しましたが、
いつになればこの世を捨てて、
子である春宮への心の闇から抜け出せましょう


「賢木」の巻は、
様々な縁が、
引き寄せられ、離れていきます。

六条御息所が気高く退出したかと思えば、
桐壺帝が崩御し、
これまでの人間関係が崩れてしまいました。

朧月夜との密会、藤壺の出家。

並行して、
紫の上はどんどん大人になっていきます。

混乱の当事者たちは、
人間関係に疲弊し、自問自答を繰り返します。
ところが、その嵐が過ぎ去った後、
自分にとってご縁がある人が、
そこに立っていることに気づくはずです。

弘徽殿女御の権勢がさらに増し、
この後、光源氏は都を離れ、
須磨すまへの流離を余儀なくされます。

その経験は、光源氏が、
後に大きくバーションアップするための
通過儀礼の意味をもつのです。

ここに繰り広げられた人間模様は、
一つの時代の終わりと始まりを、
同時に示唆します。

嵐の時代。
混乱を生き抜き、
新たな風を起こす者が、
新たな時代をつくっていくのです。



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