見出し画像

じぶんよみ源氏物語33 ~やむにやまれぬ大和魂~

明けない夜はない

藤壺の一周忌が明け、
喪中を表す鈍色にびいろだった物語の世界が
藤の花の紫色に彩られていきます。

源氏物語、二十一帖「少女おとめ」。
宮中の神聖な行事で舞を披露する少女たちが
この巻のヒロインです。

少女に恋するのは、夕霧ゆうぎり
光源氏と葵の上の間に授かった子です。

葵の上は、
光源氏の最初の妻でありながら、
六条御息所ろくじょうのみやすどころの嫉妬を買い、
物の怪に取り憑かれて亡くなる悲劇の姫君。
あの時、命懸けで産んだのが、この夕霧です。

それにしても、
この男君は光源氏の子でありながら
とーっても真面目。
人間的には信頼されますが、
その反面、
どことなく面白味のない貴公子です。


光源氏の教育方針

夕霧の母・葵の上は左大臣の娘。
父・光源氏は帝の息子。
夕霧は身分的には申し分なく
高位に着くことが約束されたようなもの。

ところが、光源氏は、
用意された道を安易には与えません。
学問の道に進ませたのです。

栄華を手に入れて、有頂天になっていると、
時が経ち、後ろ盾がいなくなった時に零落する。
そんな考えでした。

才をもととしてこそ、
大和魂の世に用ゐらるる方も強うはべらめ。

(訳)
学問を基本としてこそ、
「大和魂」が世の中に発揮されることが
確実になっていくのだ。

父の方針に、
夕霧もふさぎ込んで、不平を漏らします。

つらくもおはしますかな。
かく苦しからでも、高き位に昇り、
世に用ゐらるる人はなくやはある

(訳)
父上はつらい仕打ちをさなるものだ。
こんなに苦しい思いをせずに高位に上って、
世間に重んじられる人もいるのに

それでも夕霧の偉いところは、
決して腐らず、ものすごいスピードで
学問を修め、学位を取得したところです。

この姿を見ると、
夕霧が真面目すぎるのは、
父光源氏の教育によるところが
大きかったのかもしれません。


「大和魂」は源氏物語が初?

ところで、
先ほど引用した光源氏のセリフの中に、
「大和魂」という言葉が出てきます。

日本の文献として残っている中で、
「大和魂」の文字は、
この場面が初めてのようです。

「大和魂」というと、
武士道に近いイメージがありませんか?

幕末の志士、吉田松陰は、
こんな和歌を詠んでいます。

かくすればかくなるものと知りながら
やむにやまれぬ大和魂

(訳)
こうすればこうなることとわかってはいるが、
それでも止めることができずに行動するのが
大和魂というものだ

松陰は鎖国の世の中において
西洋列国に学ぶ必要があると思い立ち、
黒船に乗ってアメリカに渡ろうとしました。

結果的にそのことが処罰につながりましたが、
彼の遺志を継いだ弟子たちが、
決起して討幕への行動を起こしたのです。


もう一度、光源氏のセリフ

才をもととしてこそ、
大和魂の世に用ゐらるる方も強うはべらめ。

源氏の言う「才」とは、漢文のこと。
当時はお手本となる学問でした。

漢文から学んだことを、
我が国の実情に合うように応用して、
行動に反映できる知恵を「大和魂」
と語っているのです。

名詞としての学問ではなく、
動詞としての学問ですね。

生まれた家柄で全てが決まる世ではなく、
苦学して実力をつけた人物こそが
国を動かすことができる。

それは、
博士の父を持つ
作者紫式部の理想だったかもしれません。

決まりきった身分制度に風穴を開け、
実力者が時代を切り開いていく。

紫式部の「大和魂」が、
その後の日本人の魂に刻まれ、
国造りのための行動に繋がったというのは、
言い過ぎでしょうか?

それにしても、夕霧。

父の期待に応えて学問を修めた貴公子も、
天使のように舞う少女への
恋の苦悩からは逃げられなかったようです。

人の心は、本当に面白いですね。

この記事が参加している募集

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?