じぶんよみ源氏物語32 ~衰えぬエネルギー~
熟成を重ねた人
年齢を重ねると
若かった時よりも少し消極的になるのは
当たり前のことかもしれません。
そんな中、
いつまでも心が若い人もいるようです。
源典侍という女性。
多くの恋を経験した彼女は、
還暦を超えてもなお、積極的です。
藤壺は37歳、六条御息所は36歳で
亡くなったことを考えると、
源典侍のパワーは、当時にして、
底知れぬものがありました。
色欲が闇を切り拓く
源典侍が初めて登場するのは、
七帖「紅葉賀」の巻で、
光源氏がまだ19歳の時です。
彼女は58歳でした。
その場面とは、
藤壺が不義の皇子(冷泉帝)を産んで
罪の意識におののく時。
物語の中でも、
特にシャレにならないシーンの直後です。
才気があり上品で信望が厚い。
なのに、ふしだら。
とにかく男好きな女性として現れます。
若い光源氏に近寄る時も色気たっぷりで、
真っ赤な紙で金箔の絵が描かれた扇で
顔を隠しています。
扇の端にはこう書いてあります。
森の下草老いぬれば
(訳)
森の下の草が枯れてしまったので、
誰も好んで食べてくれなくなったのです
露骨な言葉で
真っ向勝負をかけてきました。
さすがの光源氏も笑いがこらえられず、
興味のあまり彼女と戯れてしまうのです。
源典侍はそのままの勢いで、
もう1人の貴公子である、
頭中将まで貪り尽くしてしまいます。
不死鳥の羽ばたき
第二十帖「朝顔」の巻でも、
忘れた頃に、突如として再び現れます。
亡き藤壺が光源氏の夢枕に出て、
「私の秘密を漏らさないでほしい」と
あの世での苦しみを吐露する直前です。
70歳を過ぎ、
尼になっているというにもかかわらず、
妖艶さは衰えていません。
寄りゐたまへる御けはひに、
いとど昔思ひ出でつつ、
古りがたくなまめかしき
(訳)
物に寄りかかっておられる様子に、
ますます昔のことが思い出され、
今も老いているふうもなく
色気たっぷりの情感を漂わせている
大人になった源氏は、
源典侍の生命力の強さに
ふと藤壺の短命を想います。
さらに、
母・桐壺更衣をはじめ、
多くの女御や更衣たちが故人となり、
零落している中で、
源典侍のバイタリティは際立っています。
そうやって
物思いに沈む源氏の表情を見ると、
彼女の心はますますときめき、
若さが蘇ってくるのです。
シンプルで、純粋なエネルギー
源典侍は、源氏に和歌を詠みます。
(源典侍)
年ふれどこのちぎりこそ忘られね
親の親とかいひし一言
年が経っても
あなたとのご縁が忘れられません。
あなたは昔、
私を「祖母殿」と呼ばれましたが、
それでも忘れられないのです。
色欲は和歌を詠むだけの
才気をも呼び起こすのでしょうか。
恐るべし突破力です。
(光源氏)
身をかへて後もまちみよこの世にて
親を忘るるためしありやと
(訳)
来世で待っていてください。
この世に親を忘れる子がいるかどうかを。
私はあなたを忘れていませんから。
余裕の光源氏。
彼女の勢いに押されて、
心で苦笑いを浮かべているのがわかります。
源典侍は
読者にふっと一息つかす存在のようですが、
なんだか不思議なリアリティも感じます。
こういう女性は素敵だと
心のどこかで思ったりもします。
恋の力で、いつまでも若々しい女性。
恋に年齢なんて関係ないことを実証する人。
高貴な女性や、
身分差の恋に苦しむ「中の品」の女性にはない、
シンプルで純粋なエネルギーは、
むしろ、
人生の儚さが描かれるこの物語において、
強靭な永遠性すら漂わせます。
私たちは、
源典侍の生き様を見て、
ほっと安心するのです。
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