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じぶんよみ源氏物語 10 ~オトコは過去をひきずる?~

「待つ」オンナ

最近は「待つ」ことが減ってきた気がします。
やはりスマホの力が大きいですね。
「待ち合わせ」する必要もなくなっています。

「待つ」ことは、
忙しい現代人にとって、
一般的にネガティブな行為なのかもしれません。

ここで、
恋多き女・和泉式部いづみしきぶの和歌を想い出します。

待つ人の 今も来たらば いかがせむ
踏ままく惜しき 庭の雪かな

(訳)
待っているあの人が今来たらどうしよう。
踏まれることが惜しいほどの、
庭に積もった雪だこと。

和泉式部は恋人の訪問を待っていました。
雪が積もるくらいの長い間。
恋人にさえ踏まれるのが惜しい雪。

なぜ、恋人に雪を踏まれたくないのか?
雪の美しさもあるかもしれませんが、
私は、積もった雪の深さに、
自分の想いを眺めているからだと読みます。

「待つ」ことは、
確かにつらいけれども、その分、
想いの深さを改めて自己認識できる、
価値ある行為だともいえそうです。

この巻に登場する末摘花すえつむはなは、沈黙する女。
彼女もじっと待ち続けるのです。


過去をひきずるオトコ

「末摘花」の巻は、
格調高い五七調の言葉で始まります。

思へどもなほあかざりし夕顔の

宮中の気づまりな女君たちの中にいると、
かの夕顔の親しみやすいあどけなさが
自ずと思い出されるという、
光源氏の回想です。

そこに大輔命婦たいふのみょうぶという女房が、
ある時ふと、末摘花の話をします。
末摘花は常陸宮ひたちのみやという親王の娘ですが、
父が亡くなってからというもの、
心細い生活を強いられていました。

大輔命婦は、光源氏に言います。

心ばへ容貌など、深き方はえ知りはべらず。
(略)
きんをぞなつかしき語らひ人と思へる

(訳)
末摘花の性格や容姿など詳しくは知りません。
琴だけを親しい話し相手と思っているようです。

光源氏の妄想はどんどん膨らみます。
崩れかけた軒先に咲く夕顔の花に
心惹かれた時の感情が蘇ったのでしょうか。

光源氏はすぐさま返します。

「我に聞かせよ」


月夜のしらべ

十六夜いざよいの月が美しい夜、
光源氏は、
末摘花の琴を聞きに常陸宮邸を訪れます。

大輔命婦たいふのみょうぶの手引きで光源氏が座ると、
末摘花はことわりを入れます。

聞き知る人こそあなれ、
ももしきに行きかふ人の聞くばかりやは

(訳)
琴の音を聞き分けられるお方が
そこにおられるということですが、
宮中に出入りされる方が聞くほどの
演奏でもございません

とて、召し寄すも、
あいなう、いかが聞きたまはむと、胸つぶる

(訳)
と言って、末摘花は琴を手に取るも、
実際は光源氏がどうお聞きになるだろうかと、
わけもなく胸がドキドキした

それでも彼女は、
プレッシャーの中、勇敢にも演奏を始めます。

ほのかに掻き鳴らしたまふ。
をかしう聞こゆ。

(訳)
姫君はかすかに鳴らされる。
源氏には、うつくしく聞こえる。

本当にうつくしかったのでしょうか?
それとも、うつくしく聞こえる何かが、
光源氏の心にあったのでしょうか?

いといたう荒れわたりて、さびしき所に、
さばかりの人の、
古めかしう、ところせく、
かしずきすゑたりけむなごりなく、
いかに思ほし残すことなからむ

(訳)
とてもひどく荒れ果てて寂しい所に、
かの親王ほどの方が、
昔風に、箱入り娘のように、
大切に育てられたのだろうに、名残もなく、
姫君はどんなに悲しく思われているだろう。

末摘花の琴を聴きながら、
光源氏の心はそう感じるのです。

こういう場所には、
昔物語でも胸を打つことがあったようです。
荒廃しきった邸に
1人残された姫君と男の間の恋物語。

廃院で息を引き取った
夕顔への恋慕が思い出されたかもしれません。


ところが、
光源氏の美しき妄想をことごとく裏切る女、
それが末摘花でした。

なぜそんな彼女なのに、
待ちくたびれた果てに、
光源氏は迎えに来るのでしょうか?

次回をお楽しみに。

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