リモートワーク&自粛中でも一ヶ月で体重-7.06kgにできるってよ
プロローグ
朦朧とする意識の中、僕は手記をつける。
この僕が正気でいられるうちに、記録を残さねばならない。
これを読んでいる誰かに向けて、禁断の果実から守る方法を、解説するのだ。
残念ながら僕は、51日目にして禁断の果実に手を出してしまった。
一度手を出せば、後には戻れない。
望んでいたものが手に入る代わりに、二度と引き返すことができなくなる。
誰もが、その甘い誘惑を我慢している。まさに禁じ手。
その誘惑に勝てず、禁断の果実に手を出してしまった僕を、どうか許して欲しい。
僕はもう戻れない。
一度この手を出せば、明日も、明後日も、明々後日も今後続く人生ずっと、それを続けるしかなくなってしまう。
耐えてきた。耳元で囁くヘビと戦いながら、禁じられた果実に耐えてきた。
だが、だめだったのだ。僕は負けた。
だからこそ、これを読んでいる誰かにはそうなって欲しくない。
これは、僕が禁断の果実に手を出すに至るまでの記録であり、禁断の果実に手を出すまでに-7.06kgを実現した記録である。
はじまりの一ヶ月
2020年3月下旬。
突如、世界は大きく変貌した。いや、実はもっと前から予兆はあった。中国武漢から広まった新型コロナウイルスがこの国でも広まり、外出すら危険という認識が浸透してきたのが3月下旬だっただけだ。
飲食業や観光業、イベント業、それ以外でも多くの経済活動が大ダメージを負った。
僕も、お金を落としにいきたくても行けなくなった。
自分が無症状感染者だったら?感染して重症になったら?と思うと、外に出ることへの恐怖が精神を蝕んだ。
その頃、僕はあることを思いつく。
「予定が全て無くなったし、外食も居酒屋も行けない。イレギュラーで管理できない食事がないのか。もしかして、完全に食を制御できるのでは?」
これまで、二日おきに二郎系ラーメンを食っていた。酒を飲んだ後のシメ、酒を飲んでなくてもシメ。ニンニクアブラが口癖である。
それもこれも外出したから発生するイベントだ。家にいたらそうはならない。
僕は、好奇心で実行を始める。
「自粛中は完全に食事をコントロールできるし、痩せてみよ」
加速期
最初は軽い気持ちだった。朝ごはん(兼昼ごはん)をパスタ180gから、ゆでダコとけんちん汁に変えてみるかって。で、同じように夜も、ご飯2杯とおかずとビールからけんちん汁と茹でイカに変えてみたんだ。
3/23段階で81kg(体脂肪30%, 身長164cm)あったものだから、ちょっと何か変えるだけですぐに体重に変動があった。
そんな暮らしにして3日後、朝起きてトイレを済ませたあとに計測した。79.94kgになっていた。
僕は驚いた。そこまで無理して変更したつもりはなかったのに、-1.09kgだと?仮に1週間続けたらどうなるんだ。刺激される好奇心。
レシピは飽きないようになるべく変えた。飽きて、やめてしまうことだけは避けたかった。
そして開始から14日が経過するまで、僕の体重は減り続けた。
このとき、76.22kgとなり初日から-4.81kgとなっていた。
停滞期
あるとき以降、僕の体重は大きな変化を見せなくなった。毎日毎日身体の状態を監視し、できる限りの分析をした。
自宅内で軽い運動をしても、食事を変えても意味をなさない。変化があっても0.01kg程度。今日はやってやったぞ!と自信がある翌日でも体重が増えている時があった。
思い出せば加速期、序盤こそメニューを飽きないように変えていたのだが、途中から「肉は食っても痩せる」ことを身をもって実感したときがあった。
それ以降、とにかくもやしと肉を食うだけに固定していた。
僕はあることを知る。
「同じもの(この場合肉)ばかり食うとたんぱく質の種類が偏る」
人間は実によくできていると感心する。理由は知らんけど。
僕はさらに、超有力情報を手に入れる。
「必要水分量 = 体重(kg)×40」
僕はこれまで水をほとんど飲んでいなかった。一日に350mlのお茶が飲みきれない。しかもお茶は水ではない。どうやら水分ではなく水である必要があるらしい。
ここから、水を飲み始めた。
初日は2Lを目安に頑張るが、あまりの水の量に絶望した。今まで通りの飲み方をしては2Lなど到底飲みきれない。350mlのカップを用意し、仕事の休憩時にそのカップを一気に飲み干すようにした。
水で溺れ死ぬかと思った。一気に流れ込んでくる水がプールで溺れるときのそれに似ている。
聞く人によれば、「飲みながら鼻呼吸する」らしい。全然できない。水を飲むとき、僕は息ができない。溺れそうになる。息継ぎなしではこの350mlのプールは泳げない。
四苦八苦しながら、この水の摂取量を増やしたことで再び体重がゆるやかに落ち始める。
毎日なんとかして3Lを飲むようになってしばらく、徐々に肉体が変わっていった。
1ヶ月経過。-7.06kgに
4/23になり、ちょうど一ヶ月が経過した。
ここで体重はついに73.97kgとなった。
特別、無理することなく減量を継続できていた。
これは本当だ。食事を無理して減らしたりもしていない。
食べるものを、肉と魚中心、ヤサイに変えた。だがたまに、炭水化物も取った。
翌日うまく調整していれば翌日増えても(炭水化物に含まれる水分で増える)、さらにその翌日には落ちていく。
最初は軽い気持ちで始めたことだったが、一ヶ月続けて僕は何かに勝利した気持ちになった。
足掻く
一ヶ月を超えると、またしても試練がやってくる。
73kg後半にまで体重が減り、停滞を始めた。水も欠かさず飲み、メニューも入れ替えている。なぜだ。頭を抱える。
「減量開始時の体重から5%減っている場合、チートデイを行っても良い」
という情報が入る。
チートデイとは、カロリーを基礎代謝の3倍のカロリーを1日だけ取るという食事戦略。しかし、体脂肪率が25%を超えている場合はやる必要がないという情報もある。この手の話は、肯定派否定派が分かれる上、何が本当かわからない。
あくまで自分の身体を監視して、その上でどうすべきか判断すればよい。
僕は、ここまで停滞が続いたときもチートデイを実施しない判断を貫いてきた。なぜなら、まだやるべきことをやっていないと思ったからだ。
しかし今回ばかりはこの停滞があまりにも長かった。同じような体重が10日かそれ以上続く。さすがに何か変化を取り入れなければならなくなったのだろう。計算すると、体重の5%超えて減量しているのも事実だった。
「せっかく取るならきっちり好きなもん食ったらぁよ」
勝ち筋は見えていた。
その日もし食べすぎ(この場合計画通りだが)たとしても、その翌日以降正しくベストな食事を続ければ減量が始まるように身体はできている。
「おや、いっぱい栄養がきたぞ」と身体が感じても、翌日また入ってこなければ「昨日のあれ、溜め込まずにエネルギーにすっか」みたいなことが内部で起きているに違いない。
もし仮に失敗しても、続ければまた減っていくはずだ。
麺屋桐龍を通販し、好物である二郎系ラーメンを昼食とした。
幸せの味。悪魔の味。脂と豚と小麦、そしてニンニクがあればなんでもいい。
その夜もイクラ丼をたいらげた。最高の気分だった。
この翌日、0.3kgの増量(食物の水分が増える)があったが、その翌日は読み通り減量に至った。
嬉しいことに、そこからスルスルっと体重が落ちていく。やったぞ。作戦勝ちだ。
終わりの始まり
人体の仕組みとはなんと残酷なのだろう。どんな工夫をしても、絶対に停滞する瞬間が訪れる。しかも、これまでの工夫をすべて無効化してやってくる。倒せば倒すほど強くなってくる超サイヤ人みがある。
もうこればかりだ。ちょっと停滞を抜けたと思ったら、またすぐやってくる。
僕はもう驚かなくなっていたが、この73kg〜72kgへと差し掛かったこのときばかりは苦しかった。
4/29~5/11の14日間、73.3kg〜73.0kgの間を行ったりきたり。長い間、もやしや肉魚を食い続けられるのは、目に見えて肉体に変化があるからだ。何をしても意味がないという無力感はひどく精神を蝕む。
ここから、食事のメニューを一部固定化し始める。
朝:焼いた鮭の切り身。わかめスープ。(ヨーグルト)
昼:牛肩の肉を焼く。もやしきゃべつ炒め(350g)。黒烏龍茶
夜:ここは日によって異なる
これが地味に効果を成してきた。
朝と昼で種類の違う栄養を取っていることと、朝起きて一番の飢餓状態の身体にたんぱく質をぶち込む……。理由は知らないけどこのやり方はこの身体に合っているようだ。
そして自宅内運動メニューも固定化された。
Youtubeでよさげな動画を見つけては取り組み、気づくと全然負荷が足りなくなったりした。最近見つけた動画は、かなりよさげだ。それプラスαを取り組んでいる。
こうして、ようやく体重が0.1kgくらいずつではあるが、減少傾向になった。
この長い停滞のストレスからの微力ながらも減少するという体験が僕を甘い誘惑へと導いてしまった。
禁断の果実
甘い誘惑に負ける瞬間は、何も突然起きるわけではなく。
僕はここまで長い停滞を味わい、苦しみ、工夫を凝らしてやってきた。
そこに、ひとつのきっかけ。
わざとじゃなかったんだ。気を抜いただけだった。仕事が立て込んで、気づいたら21時を回っていた。
それが運の尽きだった。いつもは19時までに夕食を摂取する。それ以降は危険だ。だから21時になった時点で、僕は食事を取るのを諦めるしかなかった。そうだ。諦めるしかなかったんだ!僕は悪くない、悪くないんだ。抜くしかないんだよ、ここで食べても身体に良くない。
だから……"今日は"夕飯はなしにしよう。と、僕は決めた。
・・・
減った。減ってしまった。0.5kgのダウンだった。加速期にしか見たことがない減りだ。体重計に乗るのが楽しみなんていつぶりだ?ああ、神よ。僕は知ってしまった。この禁断の果実の甘さ。そして神よ、僕はもう戻れない。
これを一度やってしまうと戻せなくなる。食べたら太る。
意志の弱い僕は、やめることができない。なんて恐ろしい…恐ろしい。
食を抜けば痩せる。加速期に見た体重の減りだ。
そう、これだ。これなのだ。僕が見たかった世界。すぐそこにある。
削って削って削って、削った先にある世界が近い。
翌日も、仕事が"立て込んだ気がした"ので食事を削った。
やったぞ!0.3kgの減りだ!この停滞ばかりの日常で、2日間で0.8kgなんて信じられない!!
「ヤメラレナイ.....」
目の前が真っ白になっていく。何も考えられない。夜、ソファに座った僕は立ち上がる体力を残していなかった。瞼の裏側に、ラーメン二郎の黄色い看板が見える。ラーメン富士丸が見える。ちばからが見える。ラーメンタローが見える。
空腹で朦朧とする意識の中、僕は手記をつける。僕が正気でいられるうちに、記録を残さねばならない。
ここから先はこれを読んでいる誰かに向けて、一ヶ月で-7.06kgまで落とすための具体的な話を残す。僕のように禁断の果実に手を出さずとも、これくらいの減量は可能なのだ。
負けるな。必ず勝つのだ。
未来は僕らの手の中にある。
ここまで読んでくれてありがとう。
もしよければ、Twitterなどで感想をつぶやいてみてほしい。
ハッシュタグ #デブ自粛 で観測する予定だ。
一ヶ月で体重-7.06kgするためのノート
ここからは種明かし編。実際に一ヶ月で-7.06kgするために何をしたかを話していきたい。何を食べ、自宅でどんな運動をしたか、どう停滞と向き合ったか。そんなことを書いていく。
めちゃくちゃプライベートな話なので、限られた者にしか授けないようにした。
なお、僕の減量活動は少なくともこの自粛期間中は継続される予定である。この手記をつけている現在(2020年5月17日)では-9.28kgとなっている。
度重なる停滞に苦しみながらも、一定量の減量が続いていることを示しておこう。
この手記をここまで読んでくれた方は、きっと自粛生活で太ってしまい困っている人なのかもしれない。
この生活をしながら、どうやって痩せるんだと。
しかし必ずできる。
外に出られないことを、逆手に取るのだ。
目次
・動機づけ
・プロフィール
・1. 自分と似たタイプのダイエッターを知る
・2. 目標を決めるならまずはひとつに
・決めた方針に従って突っ走る
・3. レコーディング
・メインの食事は
・圧倒的ごはん感。俺たちは視覚で飯を食っていたんだ
・ラーメン食べたいときもあるさ。にんげんだもの
・停滞期
・運動
・禁断の果実と、どう戦うか
・一ヶ月試すだけ、なら始められる
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