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#17 毎日数十億円を投資するベンチャーキャピタルファンド

最近スタートアップの資金調達ニュースでタイガー・グローバル・マネジメントという名前を良く見かけませんか?2002年に設立されたタイガー・グローバル・マネジメントは、上場市場(パブリックマーケット)と非上場市場(プライベートエクイティ・ベンチャーキャピタル)の両方で投資を行うニューヨークのヘッジファンドです(こういうファンドをクロスオーバーとも呼ぶ)。2004年からスタートアップ会社の非上場株式への投資を始めていますが、ここ最近は彼らの投資ペースが著しく加速してきています。Pitchbookのデータによると、2021年1月から4月まで90社以上に投資をしていて、これは言い換えると平日は毎日投資をしてきたことになります。今回の記事ではなぜタイガー・グローバルがこれほどアグレッシブにスタートアップに投資をしているのかについて話してみたいと思います。

なぜ彼らがそれほどアグレッシブに投資しているのか、に対する簡単な答えは「彼らはそれができるから、そしてその方が既存のベンチャーキャピタルの投資方法より投資収益率が良いから」です。もう少し詳しく説明しましょう。

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1. Because they can
タイガーは今まで非上場市場への投資を成功裏に行ってきており、タイガーのファンドに投資をしてきた投資家(LP、Limited Partners)から高い信頼を得ています。タイガーのプライベートエクイティビジネスは今まで26%のNet IRR(内部収益率)を生み出してきましたが、Cambridge Associateによると、30年間のベンチャーキャピタルファンドの平均Net IRR(内部収益率)は約13%です。このように現在の彼らのベンチャー投資戦略は従来のベンチャーキャピタルのそれとは大きく異なるものの、しっかりと実績を作ってきており、LPの信頼を勝ち取っているがゆえに大胆な投資ができています。さらに重要なことに、タイガーの従業員自体が最大のLPであって、自分たちの資金も賭けてやっているので、外部のLPから高い信頼を得ることができているのです。

また、Robloxのようなポートフォリオ企業の最近のIPOで膨れ上がったものの、タイガーのAUM(Asset under management、 運用資産残高)は約600億ドルで、他のほとんどのベンチャーキャピタルファンドよりも遥かに大きいのです。当然スケールの力は無視できません。


2. Because it is a better
彼らの投資戦略を3つにまとめると、以下になります。
1)ディールのクローズは3日以内に済ます。
2)より高いバリュエーションをオファーする。
3)取締役会の議席は要求しない。ただ、マッキンゼー、ボスコンと共にビッグ3のコンサルティングファームで、プライベートエクイティに強いBain & Coのコンサルを、ポートフォリオ会社は必要な時にタイガーのお金で利用できる。

これはスタートアップ側とタイガー両方にとっての素晴らしいWin-Win戦略です。まず、スタートアップ側からすると、資金調達プロセスを2〜3日と最小限に抑えることができますし、バリュエーションが高いので資本コストが安くなります。結果、希薄化も少なくなります。また、すでに取締役がうまく動いている場合、新しい人を取締役会に入れてそのバランスを崩さなくても良いし、不必要に気にしないといけない人を増やす必要もありません。その代わりに例えば新規市場での商品開発といったより実務的なところで一流のコンサルティングサービスをお金をかけずに利用できます。スタートアップ側からすると断るのが簡単ではないとても魅力的なオファーに間違いありません。

タイガーからすると、ディールを成立させるにあたって、Velocity、Scalability、そしてAccessibilityを得ることができます。まず、Velocityー彼らは2, 3日でディールをクローズする、すなわち彼らも数日しか時間を費やさず、迅速に動けます。次に、Scalabilityー彼らは取締会に入らず、投資後に投資先に費やす時間を最低限に抑えられるので、投資件数を大幅に増やすことができます。そして最後に、AccessibilityーVelocityとScalabilityと共に、高いバリュエーションを含め、スタートアップ側に魅力的なオファーすることでディールが勝ち取りやすくなります。要するに、タイガーは望むだけ且つ迅速に、彼らが興味を持っている多くのスタートアップに投資をすることが可能なのです。

高いバリュエーションで投資をするとリターンが少なくなるのでは?という観点ですが、それは機会費用をなくすためのプレミアムに過ぎません。このプレミアムを払うことで彼らが望むディールを失う心配が少なくなります。しかも、このプレミアムは結局返済されます。Founders FundのEverett Randleさんの「Playing Different Games」の記事でよく分析されているので読んでみることを強くお勧めしますが、一言で言えば、3年かけて3 倍の収益を上げる(ケース①)場合と、1年かけて2倍の収益を上げる(ケース②)場合だと、ケース②の方がNet IRR(内部収益率)が向上します。$100ファンドの1年目のリターンを両方のケースにおいて簡単に計算してみましょう。

• ケース①、従来のVC:$100 x 3倍 / 3年 = $100/年(Net IRR:$66.7/年)

• ケース②、タイガー:$100 x 2倍 / 1年 = $200/年(Net IRR:$100/年)


上記のように、ケース①の方がリターンの倍率は高いのですが、ケース②は、ケース①ほど高い倍率ではないものの、相応の倍率を短い期間で実現するため、最終リターン率は大きくなります。また、投資件数が増えると共にポートフォリオの構成にも大きな多様化が生まれます。これにより、個々のポートフォリオ企業の失敗もしくは著しい成功に大きな影響を受けることがなくなり、リターンを安定させることができるようになります。

今このような投資を行っているのはタイガーだけではありません。 CoatueやAdditionのようなファンドも同様のことをしています。実際、AdditionはChase ColemanとScott Shleifertと共にTigerで投資をリードしていたLee Fixelによって2019年設立されました。しかし、この「短期間にできるだけ多くの会社に迅速に投資をする」戦略が長期的にどうなるかはまだ不明です。今はパブリックエクイティ市場が活況を呈しており、多くの有望なスタートアップがあるために機能しています。しかし、マクロ環境が変化するとどうなるのでしょうか?

伝統的なベンチャーキャピタリストによる戦略は、過去数十年にわたって機能してきました。今まで多くのマクロ環境の変化にも耐えてきたので、これからの変化にもきっと生き延びることができるでしょう。一方で、そもそもタイガーの今の戦略は長期的なマクロ動向を見据えた戦略なのでしょうか?もしかしたら彼らの本当の強みは今まで正解だと考えられていたルールを果敢に破り、これまでにないベンチャーキャピタル投資戦略を打ち立て、且つ実行できる能力かもしれません。今後タイガーの戦略がさらにどう進化していくのかをみるのが楽しみですね。

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Reference:
- Tiger Global just closed one of the biggest venture funds ever, with $6.7 billion - https://techcrunch.com/2021/04/01/tiger-global-just-closed-one-of-the-biggest-venture-funds-ever-with-6-7-billion/
- Playing Different Games - https://randle.substack.com/p/playing-different-games
- Inside Tiger Global’s Deal Machine - https://www.theinformation.com/articles/inside-tiger-globals-deal-machine
- How Chase Coleman Became a Hedge Fund Legend - https://www.institutionalinvestor.com/article/b1qx3m96ts35s3/How-Chase-Coleman-Became-a-Hedge-Fund-Legend

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