【インタビュー対談】第三者にアバターが認識されたときに起こり得ることは?アバターを通したどういう体験が求められていくのか?
前回に引き続き、東京大学の鳴海准教授へインタビュー対談という形でお話を伺います。VR・AR研究の第一人者である鳴海先生に様々なテーマでお話しいただいております。
前編では、研究を始めたきっかけや感覚や認知のお話、生成系AIの台頭についてなどお話しいただきました。
後編では、アバターを第三者に「自分」と認知されるとそれは自分だけのものではないというお話や、アバターのもたらす良さ、今後の展開予想などをシェーと共にしていきます。
■アバターを第三者に「自分」と認識された時に起こってくる事とは?アバターの死は何を指すのか?
シェー
今のお話のユーザーエクスペリエンス(UX)的なことを最も今意識して取り組むべきだということに私も全く同感です。 我々も3Dの研究をずっとやってきて、自分の勉強期間の履歴を含めたら、本当に10数年ぐらいはやってまいりました。
3Dの研究については、昔からあったもののなかなかビジネスになってない、普及してない現状があります。コンピュータの計算能力や限界値の話もありますが、一方でまだ素敵なUXがなかなか生まれてないことも重要な点だと思いまして、ようやく最近実用化に向けて、まずビジネスプロセスの中でコストダウンして誰でも手軽に使っていただけるようなものにしていかなければならないと感じています。
同時にUX的にはあらゆる分野で活用したいですし、バーチャルドッペルゲンガーみたいな原理で、自分自身を用いた広告宣伝とか、バーチャル試着とかに応用できると思うんです。それでその分野に関してアバターに基づいた最も今、大衆に響いてくれるような要素というのは鳴海先生はなんだとお考えですか。
鳴海先生
そうですね。すごく難しい質問だなと思います。すでに例えばもう見えているもので言うと、VRChatのユーザーとかは、すごく自分で好きなようにアバターをカスタマイズしながら生きているわけですね。それはある種、服を着替えるのと同じように体を変えているわけで、外見として違うというか普通に思う服装みたいなちょっとした違いじゃなくて、もっと本当に全然違うものになるんです。例えば今日はケモノ耳を生やしてみましたとか、アバターを変えることで全然違う新しい自分を表現するのに使っていて、そういう自己表現と自分の「新しい欲望」って表現するのが正しいかわからないですが、欲望を発見して、それを自己表現に繋げていくっていうループが回っているんです。そういうところは、すごくアバターならではの新しい可能性で、しかも、それがコミュニケーションを変えているっていうところに、すごく大きい可能性を感じます。
シェー
まさにコミュニケーションのところに関しては、我々が今注力してるところでして、例えばアバターを使ったスタンプですね。最近海外企業と取り組みを進めていて、結構面白いとユーザーから反応をもらいます。エンドユーザーは自分の体を使って動くスタンプを作るんですが、友達に送信した瞬間、すごく喜んでくれるんです。あるいはびっくりしたりなんだか気持ち悪いねとか、とにかく何かしら反応してくれるんですよね。第三者とか知らないものだと反応は薄いですが、自分が知っている人物などが、ちょっと不思議な動きをしたりすると興味を持っていい反応があるんだなと感じています。
私の中で印象的なものなんですが、前に東大の名誉教授の養老先生がおっしゃっていたことで、死に対する考え方なんですが、第1人称の死、第2人称と第3人称の死についてお話しされていたんです。
第1人称は自分自身なのでいうまでもないんですが、第3人称は関係ない人なので何も思わない。第2人称の死が1番辛いというんです。それをアバターに変えて表現すると死ではなくて、もうちょっとポジティブな話になるかなと思いました。
鳴海先生
そうですね、やっぱり社会的な関係が出てくるっていうのが、アバターのすごい面白いところで、自分にとってのものだけじゃなくて、他人にとってのものでも同時にあるわけですよね。じゃあそのアバターにとって死ってなんだろうっていうのを色々考えることがあるんですけど、そうすると、自分がそのアバターを使えなくなるってことじゃなくて、例えば他の人が自分のアバターを自分だと認識してくれなくなるとか、そういうことも当てはまるのかなと思います。まさにバーチャルYoutuberとかで、そういうことが起こっていますが、会社とのアバターの権利関係で引退します、ってなった時に今までのような活動が今までのアバターでできないってなると、アバターで活動していた人が強いショックを受けてしまうっていうこともあるし、周りの人もそれをどう受け止めていいかわからないってことがあると思うんですよね。
シェー
あれですね、本当にアイデンティティですよね。私たちは今アバタープラットホーム事業をやりながら、実は最終的には人のアイデンティティプラットホームとして形成していきたいんです。
というのは、人の生死まで持っていくのは到底難しいでしょうけれど、この人はどういう人なんだということを、行動履歴から分析したり、さっきおっしゃっていたインテンショナルバインディングなど自分の中のデータ収集ができたらば、この人はどういう性質の人であるかがわかって、本当は助けを求めているとか、自分の気づいていない部分にデータから気づいてもっと幸せになっていくような道筋を、AIを使って示してあげるようなことができたらいいなと思っているんです。
鳴海先生
そうですよね、やっぱりアイデンティティの問題と絡んでくるのはおっしゃる通りだと思います。問題になるのはやっぱりアバターであって、今はぱっとデジタルなサービスに入るためのインターフェイスって位置付けだと思うんですけど、それをどうやって自分の人生に組み込まれたものにするかっていうのは、実は1つハードルがあって、そこを超えるためのテクノロジーとか、アプリケーションってのがまだあんまり考えられていないのかなと思っています。
やっぱりそれはプラットフォームやサービス間を同じアバターで渡り歩くみたいなことも なかなかできないっていう現状であったり、例えばゲームの世界に行ってもそのゲームで起こったことはゲーム現実の世界で起こったことで、現実とは切り分けられてるよねって思いながら使ってるユーザーの方が多いと思うんです。
でも、それがもっとミックスして、 そのアバターが自分である限りはゲームの中で起こったことも自分の人生だし、現実に起こってることも地続きで自分の人生だっていう風に思えるようなきっかけをちゃんと設計しないといけないと思っていて、そういうことができてくると、アバターで起こったことも自分の人生の一部だからっていう意味で、1つのストーリーになって、アイデンティティに編み込まれていくと思いますね。
シェー
すごくいいことをおっしゃっていて、まさにそうなっていくんだなっていうのは感じます。
■さまざまなサービスが人々の時間を簡単に奪える中で、どういうものを提供したりどうユーザーと関わっていくのがいいのか?
シェー
最近とある研究で、 スマホを含めバーチャル空間にいる時間は明らかに前と比べて増えているという傾向があって、XRの普及でさらにそうなるでしょうと予測されています。となると、人間の本当に一部の人生はこのリアル空間に並行しているバーチャル空間にもあるっていうのは不思議ではなくなるんですよね。それを踏まえていかにエンドユーザーを誘導していくかということは 、企業側から見るとすごく意識すべきところじゃないかと思ってます。
Youtubeとか、TikTokとかは成功している企業ですが、例えばTikTokでは昔15秒までしか動画を上げられないという制約がありました。あのレコメンデーションの仕組みがすごくて、ガンガン自分の好きそうなものが停止ボタンを押さない限り15秒の動画がずっと表示し続けられるというループがあって、見続けてしまうような仕組みになっていますよね。気づいたら2時間も経過していて、虚しくなるとかよくあると思います。でも、やりたくてしょうがない。
結局あれを分析してみたら、ドーパミン分泌がされて刺激を与え続けていくともっとやりたい、もっとやりたいということを望むんです。でも、あれは本当にすごくてそんなにやりたいわけでもない人でも囲うことができるので、企業から見るとエンドユーザーの時間を確保することができるっていうことは、マネタイズポイントなんですよね。これは経済と人間の幸福感の問題で、長期目線においてはこの二つはちょっと離れていることだと思うんです。
今、AIの技術が発達していくに連れ、たくさんのコンテンツを容易に作ることができるようになった時代においては、 このいかに人を本当に重要なこと、成長に繋げていくことに時間を割くのかという点について、企業側から、あるいは大学研究から指導していかないと、どんどん自分が理性的な考えで本当にやるべきことから離れて、欲望でやりたいことに支配されてしまうと思うんです。ループにはまって時間が搾取されてしまうようなこととは区別されないと、人間のいわゆる哲学分野というか自由意思が失われていくんじゃないかというのはあると思います。ここは私たちの意思、使命感として考えたりしているんですが、そういう点で鳴海先生と何かできればなと思ってるんです。
鳴海先生
面白いですね、アート作品で、「Uber Existence」っていうのがあるんですね。Uberって例えばご飯を頼んだら、家まで配達員が運んでくれるわけじゃないですか。その「Uber Existence」っていう架空のサービスは、自分の代わりに何かしてくれる人を雇うんですね。それで、その配達員の体に没入する。
それから配達員の人に、「じゃあそこの神社で初詣に代わりに行って、お参りしてください」とか言ってその配達員は言われた通りに神社に行ってお参りするわけです。その映像を配達員の視点で体験する。「じゃあ、そこで甘酒買ってください」とか言って買ってもらって、「これどうするんですか」って聞かれて「飲んでいただいていいですよ」とか言って、こう飲んでもらって。「じゃあ、賽銭を入れてください」と、遠隔で指示されながらやるんですね。で、そういうのを実際にサービス的に実験で運用しているんですけど、それをやった後に「やった後、どうなんですか。やってる時とかって、どんなことを考えてるんですか」って質問したら、そのサービスを作った人は、「もうやってる間は虚無だ」って言ってて。「自分は本当に何もない。あらゆることをやってるんだけど、もうできるだけその言われたことを、その時こなすっていうことしか考えないようにしていて、だから終わった後、記憶がないんです」って言ってたんですね。
それで思ったのは、ある種、自分がアバター的に振る舞ってるわけですけど、それが自分の人生に全く組み込まれていなくて、そうすると記憶もないし、本当に人生にとって何の意味もない体験になってしまうわけです。
だけど、一方で最近分身ロボットカフェという、障害などで外出困難な人たちとかがアバターを使って働いている場所があるんです。僕らは彼らをインタビューしてそういった場におけるアバターの役割の分析などをしていて、生身ではできないと思ってたことが、アバターを得ることによって全然できるじゃん!と思うことによって、人生がすごくいい方に転がっていっている人たちがいっぱいいるというのを見てきました。しかも、一緒にアバターを使って頑張って働く仲間みたいなのができて、コミュニティーができて、自分たちは何か大きいミッションに向けて頑張ってるんだっていう意識を共有する。それによって、人生の目標みたいなものを見つけられて、どんどん自分のその生身じゃないアバターが自分の人生に組み込まれて、それが生活の中心になってきているわけです。それはある種、アバターの理想的なというか、美しい使い方であって。
だから、前者のように振り回されるアバターではなくて、自分が本当に充実した時間を使うためのアバターでなければならないと思っていて、今はじゃあ何がその違いなんだろうみたいなところを研究で探っていて、それをちゃんとサービス設計に活かしてくださいね、って言えるような指針を作りたいなと思っています。
シェー
ありがとうございます。非常に私としてはこういう研究はぜひお願いしたいなという思いで聞いておりました。この研究はどちらかというと経済面というよりはサービス面に展開するものだと思います。ほんとに社会に対していいことを提供していく際に必要とされるものだと思うんです。
■今後業界としてはガイドラインが重要。プラットフォーマーになるだけでなく、求められていくべきこととは?
シェー
今現在もだいぶ人間自体がエンパーメントされている状態であって、それが自分でコントロールできる範疇であればまだいいんですが、 明らかに人間の力を凌駕している状態だとしたならば、どんどん目の前のことや、 顕在化されたことに振り回されてしまうのではないか、ということが問題になっていくと予測されています。
それで、先ほど申し上げていたアイデンティティプラットホームっていうのは、どちらかというとサービスの住み分けという風に考えてまして、どうコントロールして幸福感を高めていくかというところだと思います。まさに今おっしゃっていた、例えば障害のある方たちに対して、アバターを提供して幸福感を向上させることができるっていうのは、 私も想像上ですが理解できます。と同時に自分にとって本当に必要する以上に欲望を引き起こすようなことばっかり起こすっていう人も、多分コントロールできていなくて振り回されてやっちゃうんですよね。
これがもう今シンギュラリティまで到達する際には、曲線を描いて、時間軸は短くなるんですよね。要は、技術の進歩はより早くなっているわけです。となると、人間の力はその割合的に見ると平均値より上回っていくんじゃないかと思うわけですね。なので、その時になったら、誰がどういうようなサービスやアバターを使っていいとか住み分けがもしかしたら必要になってくるのではないかなと思います。
鳴海先生
そうですね。そこはだから、業界とかでガイドラインを作ったりしないといけないところだと思うんですけどね。まだやっぱりそういう議論にはなっていないですね。
シェー
なってないですね、明らかに。
鳴海先生
逆に多分そういうようなことが見えてるので、みんな投資してでもプラットホームを先に取りに行こうっていうような争いになっている気がしますね。
シェー
そうなんです。あの矛盾しているのは、やっぱり全体を俯瞰してみてやらないとこれは到底見えてこないと思うんですが、多分余裕がないんですよね、俯瞰して見ていくことについて。業界の中の人たちもそうですが、とある範疇にだけフォーカスしてやってらっしゃる方は多いんです。おそらく経済効果ばかり重視して、ガンガン攻めていこうとか稼ごうという方もいらっしゃると思いますし、とにかく事業としてものを成り立たせようっていう方もいらっしゃいます。
ただそこはやっぱり全体値のことを意識してやっていく必要があるなと感じています。それこそ、大学の先生方と研究を重ねて一緒にやっていければいいなと思います。実現層の部分もそうですが、もっと上のコンセプシャル層ですかね、そういうところからプロデュースしていくことが、どんどん必要とされるんじゃないかと思います。
鳴海先生
その辺のレイヤーのことはやっぱりほとんど考えられている人もいないし、逆に言うと、ビジネスではすごく考えにくいところだと思うんですよね。短期的な利益を考えることとはかなり矛盾するし、逆に言うと囲い込みみたいなものとも相反すると思うんです。なので、やっぱりもうちょっとアカデミックな視点とかが必要なところだとは思うんです。
シェー
そうですね。今の情報記録の手段のセンシング技術は進んでいますが、先ほどおっしゃったインテンショナルバインディングなど、こういういかに人間の中間処理層の部分を理解できるかというようなことを意識していきたくて、そこも1つのポイントかと。あと今おっしゃってたUX的な部分も何か一緒に考えていければと思っています。本日はお時間いただき、ありがとうございました。
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ーーいかがだったでしょうか。前編・後編とアカデミックな研究者目線のお話をたくさんしていただきました。今後、XRやメタバース、アバターといったものが私たちの生活にどう関わっていくのか、どのような体験がユーザーにとって有益な体験になるのか、引き続き考えていきたいと感じられるインタビューでした。
鳴海先生、ご協力いただきましてありがとうございました。