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something about me1-4

something about me

徐々にクラッチを繋いでいく。エンジンの回転数を上げる。車が唸る。オートマがこんなに流行る前、みんなそうやって運転してたんだよ。老人は言った。ある年の八月、僕は合宿免許を取りに新潟に来ていた。新潟は都心部に比べて湿度が低かった。だからその年の夏の記憶は爽やかなものだった。オートマ車は車じゃない。って助手席の教官はよく言っていた。父に言われて無理やりマニュアルで免許を取りに来ていた僕はあまり意味は分からなかったがその言葉に励まされた。始めの頃はエンジンの音に驚いたりして、クラッチを早く繋げてしまいよくエンストした。エンストする時には車体が不気味に揺れた。仮免を取って学科の第2段階も終わった頃。心と時間に余裕ができた。だから僕はやっとこの初めて来た新潟という土地に興味を持つことができた。新潟駅前を歩いてみることにした。だけど駅前は僕の地元とほぼ変わらなかった。つまらないチェーン店や、どこにでもあるようなものしかない。結局僕がいちばん孤独を感じることができたのはホテルの部屋だった。ベッド、小さい丸テーブル、化粧台、ユニットバス。必要最低限のものだけがこの部屋にあった。無駄な物の不在は僕には悲しいことに思えた。僕だって短いなりに色々あって生きてきてる。僕の人生から回り道やら遠回りを全部削いでしまったら、今の僕は今の僕なのだろうか。そんな月並みなことを考えながらベッドで寝転んでいた。彼は言った。もう20だぜって彼女は言った。まだハタチだよってアイスランドで化石を発掘していたって吉祥寺のアパートで缶ビールを飲んでいたって人はみんな歳をとる。歳をとることは義務なんだよ。井之頭公園の池沿いのベンチでそんな話を聞いた。27までに何かを成し遂げてさ、27クラブに入るんだ。ってあいつはよく言ってた。そん時はジミヘンに会って俺も左利きだよって言うんだって。あいつが死ぬまであと7年。ベッドでこんなことも思い出してた。必要最低限の部屋で僕は今までの必要最低限の思い出を誰かに話してた。部屋と僕との間で無駄が生まれた。今度は君の番だよ。

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手紙
君に手紙を書くのは何回目かな。数えるのは100を超えてからやめたんだ。さて僕の手紙はいつだって返信不要だ。何故ならば一方的に話したいだけだから、君の悩みとか苦しみは君自身で解決してくれ。男だろう。なぁなんでギターをやめたんだよ。君からギターを取ったら何が残るんだ。知ってるよ、結構残るさ。楽しい男だもんね。僕はずっと言ってただろ。君がモテないのはおかしいって世間の女はメディアによる洗脳のせいで男の選び方を狂わされたってあいつらは靴の裏を舐めて生活してるんだって。だからこそさ、君に彼女ができたのは少しだけ残念だったんだ。君を愛してくれる彼女は
僕と君の時間を奪うだろ。君は変わらないって言うけれどさ、天気のいい日曜なんかは君の彼女に気を遣って、君を誘い難くなった。嫌いだね。僕は嫌いだよ、君の彼女。彼女を愛するように僕らの時間にも敬意を払ってもらいたいな。君が今啜ってる甘い蜜は僕と君とで築いてきた結晶から滲み出てるものだからだ。まぁいいや。僕は僕で1人の時間で色んな事を学んで君に教える準備をするよ。僕は優しいってよく言われるけどね、下心はいつもあるんだ。ババアの荷物を持ってる僕は優しいって思われるだろうなぁとか。みんなそういうもんじゃないのかな。だってそうじゃなかったら世界は回らないよ。悲しいけれどね。今度、君の彼女に会わせてくれよ。同じ人に惹かれたもの同士話は合うはずだ。3人でドライブでもしてさ。2人きりがいいなんて言うなよ。彼女を1人にはしておけないだろ。もちろん俺が助手席で彼女はトランクだ。
p.s
引っ越しました。妻の職場の近くです。僕の職場からは少し遠くなりました。新しい住所から
送ってます。

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