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音符では表現できない音

いつだったか、あるミュージシャンが、自分はギターのコードで作曲をする、楽譜が読めないと言う話を、ラジオでしたことがありました。聞くところによると、彼だけでなくこの世界では、楽譜を読めないシンガーソングライター、ミュージシャンが、結構いるそうです。
 さらに、楽譜を読めないことをそんなに不自由だと思わない、その理由のひとつとして、楽譜に書けない音がある、自分は音符と音符の間にある音を使って表現したいという話をしたのが、とても心に残りました。

 それからまもなく、音楽に詳しい知人から、実際に音というものには、楽譜上の音と音の間に、数多くの音が存在すると聞き、やはりそうなんだと膝を叩きました。私が知っている範囲では、楽譜に書ける音符には限界があって、本当に自然に湧き出る音や、自然に生まれる倍音なども、聴き取れる人にしか聴こえない、微妙な音が存在することは気づいていたのですが、改めてそう言われて、心から「そうだよな〜」と深くうなずいたものです。

 実際、演奏を聴いていても、ノイズと言われる音をあえて取り入れるクリエーターの人がたくさんいます。
 ちょっと横道に逸れますが、劇団四季が上演する、ミュージカル「エビータ」も、歌に不協和音を多用しています。耳に心地よい音だけが音や音楽ではなく、一瞬、不快に聞こえる音も音なのです。このように、わかりやすい音だけが、音として成立しているのではなく、音符で表現できない、音と音の間にある音が存在することを知ったとき、そんな繊細な音を聴き取れる耳を持ちたいなと思いました。

 昨年、ボイストレーニングを始めてすぐの頃、自分で選んだ曲のレッスンを受けたとき、トレーナーさんから、音程も外さないし(自分ではボイトレ受ける最低の条件と思っていたのでびっくり)歌がうまいと褒めてもらいました。そのときもうひとつ言われたのが「ビブラートが既にできている」ということでした。ビブラートも、音符では表現できないものの一つではないでしょうか。楽譜を見ると、確かにビブラートで歌うように音符が書きこまれていますが、実際には音符と音符の間の、強いて言えば呼吸をする音も含まれてビブラートだと思うのです。
 もしかしたら、今のエレクトリック技術、AIなどは、そうしたこともすでにわかっているのかもしれません。ただ、声は肉体から出る楽器、とてもアナログ的なものです。どんなに機器が表現しようとしても、声と同じ感覚で聞くことはできません。

 先だって、鬼籍に入られて久しい、ある有名歌手の声を再生、歌う姿と声が電波に流れ、放送後、賛否両論が飛び交いました。当然、よかったという人もいて、みんなそれぞれの立場や、どれだけ思い入れがあるかで分かれると思いますが、私個人の感想としては、正直、AIに限界を感じました。何も響いてこないのです。
ミュージシャン、プレイヤーの人たちは、日頃からそうした音符では書き表せられない音を聴きとり、感じ取り、声や楽器を使って、微妙なところを表現することに、腐心しているのかもしれません。

 特に編曲を手がけるアレンジャーは、たくさんの音を自在に操りながら、主旋律を殺さず、曲全体を膨らみがある、そして厚みのある曲に仕上げていきます。たくさんの楽器の音、一つ一つをイメージして何層にもなるよう組み立てていく。時には、珍しい楽器を使ったり、一拍ずれて聴こえるようにわざと曲を作ってみたり。自由で多彩な音を組み立てていくのですから、ズゴイなと思います。

 いつものようにピアノを練習していたとき、突然、ある人のことが思い出され、涙を流しながら弾いていたことがありました。
後になって、家族がとても心に響いた弾き方だったと言ってくれたのですが
、その曲はずっと練習している曲、特に何かが変わったわけではありません。
 ただ、違っていたとするなら、ある人のことを想い、思わず涙を流したということだけです。
 その思いが多分、聴いていたひとの心にまで届き響いたのでしょう。
 正直、ちょっと驚きました。

 そのとき思ったのは、音符にない微妙な間や、音のズレ、もっと言えば、音の波動による耳に到達するまでの変化、といったものがそうした音符では測れない、相乗効果をもたらすのかもしれないということでした。

 楽譜に書かれた音だけで、音楽はできているのではなく、音符に書かれていない音、演奏する人間の想い、そうした音や思いが波動となって、聴く人の耳と心に届くのだと思います。
 正確に歌うこと、演奏することが、ベストと捉えたり、それが無意識に当たり前になっている人たちの歌や演奏が、必ずしも心に響かなかったりすることはよくあります。逆にそんなに上手とは言えないのに、とても心に響く歌を歌う人がいるのも事実。こうしたことが少なからず影響しているのかもしれません。これからも、正確さよりも、広く深くそして奥行きのある、心の響く歌を、演奏を聴いていきたいと思います。


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