「ジャズスタンダード四方山話~As Time Goes Byについて~」
TBSラジオで毎週金曜日8時30分~午後1時まで放送の「金曜ボイスログ」
シンガーソングライターの臼井ミトンがパーソナリティを務める番組です。
このnote.では番組内の人気コーナー
「臼井ミトンのミュージックログ」の内容を書き起こし。
ちなみにyoutube版では動画も公開しているのでそちらも是非。
今回のテーマは…
「ジャズスタンダード四方山話~As Time Goes Byについて~」
多くのジャズミュージシャンたちによって受け継がれている定番曲。
ジャズ・スタンダードを1曲ピックアップしその曲の生まれた背景や歌詞、あるいは裏話なんかを語るシリーズ題して「ジャズスタンダード四方山話」
Vol.2の今回は「As Time Goes By」についてお話しします。
映画「カサブランカ」のため曲ではなかった??
映画「カサブランカ」の主題歌としてよく知られている曲ですが、実はもともとは映画カサブランカのために書かれた曲ではありません。カサブランカが公開される約10年前に上演されていたとあるブロードウェイミュージカルのために書かれた曲なんです。
1931年の「エヴリバディズ・ウェルカム」というミュージカルなんですが、このミュージカルが好評だったので、それに伴って、その劇中歌である
As Time Goes Byもレコードが吹き込まれて結構ヒットしたんです。
全米チャートで15位くらいまでは行ったんじゃないかな。
その10年後、映画「カサブランカ」の中の非常に印象的なシーンで歌われたことで、この曲がリバイバル・ヒットします。映画自体が大ヒットしたもんだから、レコードの方も今度はなんとミリオンセラーを達成しちゃいます。でも、この「カサブランカ」という映画はその10年前のミュージカルを映画化したというわけではなくて、全く関係のない別の作品なんです。
なのに曲だけを流用したわけです。
なぜ10年前のヒット曲が使われたのか?その経緯とは。
普通、映画で使う音楽って映画用に映画音楽家が書き下ろすんですよ。
「サウンド・オブ・ミュージック」のようにミュージカルをそのまま映画にする場合はもちろん別とし…映画の中で使う音楽はその映画用に書き下ろすのが当たり前。特に主題歌になるような重要な曲ならなおさらですよ。
ひと昔前のヒット曲、しかも全然関係ないミュージカルで使われた歌をそのまま映画で使っちゃうっていうのはかなり珍しいんです。
では何故映画「カサブランカ」では、10年前のヒット曲をそのまま流用したのか。その経緯が、なかなか面白いんですよ。
このカサブランカという映画元々は小劇場で上演されていたお芝居でした。コーネル大の学生による自主制作の舞台作品で、大々的に商業的に上演されることはかなわなかったんだけど、脚本はなかなか良いじゃないか。ということで、ワーナーブラザーズがこのお芝居の脚本の権利を買って映画化したんですね。こうして生まれた映画が「カサブランカ」なんです。
そのカサブランカの原作となった舞台作品は、ミュージカルではなくて純粋なお芝居なので、ダンスをするわけでもないし、音楽が主役でも全然ないんです。その脚本の中で、バーにいるピアニストにあの懐かしい曲を弾いてよってリクエストするシーンがあるんですね。
そのシーンでリクエストされる曲が、この「As Time Goes By」なんです。
このシーン実は、ピアニストが「メロディ思い出せないから弾けないわ」って答えるんですよ。で、主役の女性がメロディを口ずさんで思い出させるというやりとりがあるので、舞台を観に来たお客さんが
「あぁ、10年前くらいに確かにこんな曲ヒットしたよね」って思ってくれるような、忘れかけていたけどギリでメロディ覚えているみたいな、良い塩梅の曲を選んだわけです。
だから、10年前の全米チャート15位の曲を選んだわけですよ。
全米1位の曲選んじゃったら、バーのピアニストがそんな大ヒット曲忘れてるわけないだろ!って突っ込まれちゃいますから。
いわば舞台の小道具として「As Time Goes By」という絶妙な中ヒット曲を
登場させたわけなんです。
このお芝居の映画化に際しては、もちろんこのリクエストのシーンも再現されました。Ingrid Bergman扮するイルザが、ピアニストのサムにあの曲弾いてよってリクエストする映画史に残る有名なシーンですね。
ただ、さっきも言ったように映画化に際しては、普通だったらアリモノをそのまま流用せずに、その映画にぴったり合うように映画音楽家が場面ごとに曲を新たに書き下ろすのが通例なんですね。
これって、舞台作品と映画作品の性質の違いという部分でもあると思うんですけど。舞台だと、時事ネタって結構ウケるんですよ。
芝居を観に来るお客さんとのリアルタイム性が重要だったりもするから、
劇中に懐メロが出てくるなら、現実の世界でそのとき懐メロとしてお客さんが知ってる曲をそのまま使った方がわかりやすく盛り上がるわけです。
逆に映画だと、ホンモノの懐メロをそのまま使っちゃうと、何十年後かにその映画を観たお客さんにはそのシーンの意図が全く伝わらないってことになりかねないですから。舞台と映画の文化の違いですよね。
映画音楽家Max Steineに任されたカサブランカの楽曲
で、このカサブランカという映画もMax Steineというアカデミー賞作曲賞を何度も獲得している高名な映画音楽家が音楽を担当しているので、原作の舞台作品で使われていた「As Time Goes By」をリアルな懐メロでそのまま使うのではなくて、映画の中の架空の懐メロを腕によりをかけて書き下ろすハズだったんです
ところが、この映画、撮影や制作が全く予定通り進まずにスケジュールが
めちゃくちゃになってしまっていて、撮影する日までに曲が間に合わなかったんですよ。
で、どうしたかと言うと、とりあえず仮で、あくまでも仮テイクとして、
原作通りに As Time Goes Byをリクエストして歌うシーンを撮影したんです。曲が仕上がってから改めてそのシーンだけ撮り直すつもりでいたのに、スケジュールが押しに押して結局主演女優のIngrid Bergmanが次の映画の撮影に入っちゃって、スケジュールNGになっちゃった。だから映画音楽家のMax Steineは泣く泣く10年前のヒット曲をそのまま使わざるえなくなった。
彼は映画音楽家としてのプライドを一旦捨てまして、仕方なく開き直って、この懐メロを映画全体そこかしこに散りばめた、と。つまりヤケクソで映画全編にわたってこの曲のメロディを繰り返し繰り返し登場させたんです。
カサブランカの音楽を担当した人的にはこの曲は本来を使いたくなかった歌なんです。そんなヒット曲の使い回しなんて安っぽいことせずに
ちゃんと自分で書き下ろしたかった。ところが結果的にはこの映画が大ヒットし、ついでにこの10年前の懐メロ、As Time Goes Byもリバイバルで大ヒットしてミリオンセラーですよ。
ちなみに、この映画が大ヒットしていた頃、アメリカではちょうどミュージシャンがストライキしていてレコーディングが出来なかったんで、映画の中でピアニスト役を演じた俳優のバージョンのレコードは作れなかった。
なので、仕方なく10年前のミュージカルのバージョンをそっくりそのまま再発したんですよ
そもそも映画でこの曲使うことになったのも仕方なくだし、映画の主題歌としてリリースしたかったレコードも、ストのせいで仕方なく10年前のバージョンを再発した。何もかも計画通りに進まず関係者一同全然望んだ形にならなかったのに、それがミリオンセラーとなり、しかもスタンダードとして今も愛されているわけですから世の中わからないもんですね。
意外と多い邦題問題
この「As Time Goes By」、日本では「時の過ぎゆくままに」という邦題がついてますけど、これ歌詞を実際読んでみるととんでもない誤訳でして。
歌の内容は「どんなに時が過ぎていこうとも変わらないものってあるよね」っていう内容なんです。
「時が経ち未来がどうなろうとも人間が恋するのはきっと変わらないはず」っていうロマンティックな歌なんですよ。
だから、歌の内容を正確に表すなら「時が過ぎても」というタイトルになると思うんです。「時の過ぎゆくままに」では歌の内容と正反対の意味になっちゃうので、昔からこの邦題に目くじらを立てる音楽ファンも多いんです。
個人的には「時の過ぎゆくままに」の方が、なんか曲の雰囲気に合ってる気がするんですよね。この誤訳のおかげで日本でもこの曲が長く愛されているっていう側面があるような気がしていて。
そう考えると昔って映画でも曲名でも邦題って必ずあったじゃないですか。映画は今でも結構あるかな。マッドマックス怒りのデスロード、とか。
中にはよくこんなタイトルつけたなっていうの結構あると思うんですけど、それはそれで愛おしい文化ですよね。
さあさあ今日は、私の大好きなフラン・ナトラの甘い歌声で
この名曲を楽しみましょう。
Frank Sinatraで「As Time Goes By」
youtube版では動画で同様の内容をご覧いただけます。
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