ジャズスタンダード四方山話 ~All The Things You Are~がスタンダードになるまでの話
TBSラジオで毎週金曜日8時30分~午後1時まで放送の「金曜ボイスログ」
シンガーソングライターの臼井ミトンがパーソナリティを務める番組です。
このnote.では番組内の人気コーナー
「臼井ミトンのミュージックログ」の内容を書き起こし。
ちなみにyoutube版では動画も公開しているのでそちらも是非。
今回のテーマは…
「ジャズスタンダード四方山話」
~All The Things You Are~がスタンダードになるまでの話~
ジャズスタンダードの生まれた背景や歌詞、裏話などをたっぷりご紹介。
ジャズスタンダードって??
ジャズスタンダードというのは、古今東西多くのジャズミュージシャンによって繰り返し演奏されてきた定番曲のことを指します。
が、もともとはミュージカルや映画のために書き下ろされた歌で、
それがラジオや楽譜そしてレコードで大衆に広まって有名曲となったもの。
つまり早い話が流行歌です。
なぜそういった大衆歌・流行歌がジャズスタンダードになるのかというと、
ジャズというのは即興演奏、アドリブの芸術性で魅せる・聞かせる音楽ですから、逆に言えば、元のメロディをみんなが知っている曲でやらないと、
そのミュージシャンがその曲をどう料理したのか、アドリブでどう崩したのかというのが伝わらないわけです。
だからこそ、ジャズミュージシャンたちは誰もが知る有名曲をアドリブの素材として使ったんですね。
ジャズという音楽がアドリブの芸術性を競うようになったのは1940年代中頃からなんですが、その当時の流行歌といえば、なんといってもミュージカルと映画の主題歌や挿入歌、劇中歌。
当時はまだテレビはありませんし、やっとこさ映画に音声がつき始めて
サウンドフィルムという娯楽の王様にのし上がっていくような時代です。
モダンジャズの巨匠たち、モダンジャズの開祖と言える人たち、
例えばCharlie Pakerだったりがそういう曲を取りあげると、今度はその次の世代のミュージシャンたちが、先輩たちと如何に違うアプローチでアドリブを展開していくか?
「同じモチーフを用いて」競い合うという状況が生まれるんです。
ですから、もっとあとの時代に生まれた流行歌、
例えばThe BeatlesやCARPENTERSの名曲たちが付け入る隙があまりないといいますか、もちろんThe Beatlesのヒット曲なんかが取り上げられることも
ありますけど、結局はモダンジャズの黎明期あるいは黄金期に一度、
「スタンダード」として取り上げられた古いミュージカル曲が、半永久的に繰り返し繰り返し演奏される運命にあるんです。
アメリカンミュージカルの祖〝Jerome Kern〟という作曲家
20世紀初頭のアメリカのミュージカル全盛期に大活躍し多くの名作を残したJerome Kernという大作曲家。
ポピュラーミュージックの歴史上もっとも優れたメロディメイカーと評されることもありますし、実はミュージカル劇中歌のテンプレートである
8小節ごとの4つのセクションで計32小節という決まりきったAABAという
構成があり、このフォーマットで曲を書いた初めての作曲家でもあります。
そういう一つの雛形を作ったという意味で「アメリカンミュージカルの祖」と呼ばれたりもします。
ミュージカル劇中歌のテンプレということは、それはつまりジャズスタンダードのテンプレでもありますから、ジャズのスタンダードナンバーの多くはJerome Kernが生み出したこのAABAという32小節の構成になっています。
「All The Things You Are」大コケしたミュージカルからスタンダードへ
「All The Things You Are」作曲Jerome Kern、作詞はOscar Hammerstein II、1939年の「Very Warm for May(5月にしては暖かい)」というミュージカルのために書いた曲です。この2人は黄金コンビとして多くのミュージカルナンバーを生み出しました。
ただ、この「5月にしては暖かい」というミュージカルは全くヒットせず、
大コケするんです。
この大失敗を受けてJerome Kernは「もうミュージカルの時代は終わった」と言ってニューヨークのブロードウェイを去り、ハリウッドに移って映画の世界に身を転じることになります。
ミュージカルは大失敗、全然ヒットしなかったんですが、
とあるスウィングジャズ楽団がこの曲をレパートリーに加えたことによってスタンダードとして生き延びます。
当時、娯楽の王様だったミュージカルにはヒットメイカーが必ず曲を
書き下ろしていましたから、劇がコケたって曲の方は使えるぞ!
ということで色んな楽団がレパートリーを物色してミュージカルをチェックしていたわけです。ちなみにこの頃はまだアドリブが主役のモダンジャズが生まれる前ですから、ジャズ楽団も別にアドリブの素材として探すわけではないんです。
単純にダンスミュージックとして心地よく聴ける、心地よく踊れる曲として当時のジャズ楽団たちはレパートリーとなる曲を物色していたわけです。
誰が楽団のレパートリーに加えたのか?
では、この「All The Things You Are」という曲を大失敗したミューカルから拾い上げて自分の楽団のレパートリーに加えたのが誰か?
Frank Sinatraをスカウトして大スターにしたトロンボーン奏者Tommy Dorseyです。ただし、この頃はまだFrank SinatraはTommy Dorsey楽団に加入していません。Sinatraの前任者であるJack Leonardという人…
この人も当時はBing Crosbyと人気を二分する大人気歌手だったんですが、
Jack Leonardを据えてレコード化しこれが全米ナンバーワンヒットになるんです。
このTommy Dorsey楽団によるヒットがあったからこそ、のちにモダンジャズの開祖とも言えるCharlie Parkerがこの曲を取り上げて、それに続くジャズミュージシャンたちがこぞってこの曲を演奏するようになったわけです。
Tommy Dorsey楽団のバージョンの「All The Things You Are」
ここで注目して欲しいのは歌が始まるまでのイントロの長さです。
Frank Sinatraが登場する前は、歌手というのはあくまでもジャズ楽団の
添え物に過ぎなかったんですね。当時のジャズは踊るための音楽ですから、歌は脇役だったんです。それが、Frank Sinatraの歌があまりに素晴らしかったので、歌が主役になっていったわけです。
Tommy Dorsey楽団のバージョンの「All The Things You Are」は
Frank Sinatraが登場する前の録音ですから歌は添え物です。
なので、1分半くらいイントロを聴かないと歌が始まりません。
それでは、お聴きください。
All The Things You Are / Tommy Dorsey and His Orchestra & Jack Leonard
Jerome Kernの皮肉な運命
実は作曲者のJerome Kernは自分の曲がミュージカル以外で演奏されるのをとても嫌がった人で、ジャズバンドが演奏したりラジオでオンエアしたりするのを長いこと禁止にしていたことでも知られています。
ミュージカルのために書いているんだから、芝居とセットで聴いてくれと。
文脈ってもんがあるんだから1曲だけ切り取られて聴かれても困る!というわけなんです。特にジャズミュージシャンが勝手にアレンジを変えて演奏するのは特に嫌だったみたいです。
でも、この大コケしたミュージカルの劇中歌に過ぎなかったこの曲を、
のちにCharlie Parkerが原曲とは全然違う印象的なイントロをつけてテンポをガッツリ上げて演奏したことで、後世に残る名曲になったわけですから、
運命とは皮肉なものです…。
youtube版では動画で同様の内容をご覧いただけます。
金曜ボイスログは毎週金曜日8時30分~午後1時にて放送。
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