伝説の音楽プロデューサー    Tommy LiPumaについて

TBSラジオで毎週金曜日8時30分~午後1時まで放送の「金曜ボイスログ」
シンガーソングライターの臼井ミトンがパーソナリティを務める番組です。

このnote.では番組内の人気コーナー
「臼井ミトンのミュージックログ」の内容を書き起こし。
ちなみにyoutube版では動画も公開しているのでそちらも是非。

本日のテーマは…

「伝説の音楽プロデューサー・Tommy LiPumaについて」


  • 伝説の音楽プロデューサーの生い立ち

以前の音楽コラムでアルファレコードの話をしました。
創業者である村井邦彦さんの功績を振り返るという内容でしたが、
その話の中で、YMOの世界デビューの経緯についてもお話しました。

YMOが全米でデビューしたきっかけというのは、向こうの大物プロデューサーであるTommy LiPumaという人がYMOを気に入ったからなんですが、
ただ、そこに至るまでにはアルファレコード村井さんの地道な積み重ねがあったわけです。詳しい話は前回の音楽コラムをご覧いただくとして、
今日はそのYMOのことを気に入って全米リリースを決断したTommy LiPumaというアメリカを代表する音楽プロデューサーについてお話しします。

この人がプロデュースしたレコードの総売上枚数、7500万枚以上。
グラミー賞にノミネートされること計33回、5回も受賞しているという名実ともに大プロデューサーです。

2017年に亡くなっているんですが、実は先月伝記本が出版されました。
その名も「トミー・リピューマのバラード」。執筆しているのがシンガーソングライターでジャズピアニストのBen Sidran。僕も何度もライヴを観に行っている素晴らしいアーティストです。村上春樹さんが裏側の帯コメントを書いているという、なんとも贅沢な村上春樹の使い方ですよね。

まず、Tommy LiPumaと音楽との出会いなんですが、彼は子供の頃骨髄炎という感染症にかかって、何年か寝たきり生活を送っていました。そんな時に出会ったのがラジオから流れてきたリズム&ブルース。
これで音楽にのめり込みます。中学生くらいになると自分でサックスの演奏も始めてジャズにのめり込み、レコードも買いまくる。10代の頃から演奏の仕事もしていたみたいですけど、それだけで食えるほどではない。
じゃあ何をしたかというと、理髪師、髪を切る仕事で食っていました。

そもそも、シチリアからの移民であるお父さんが理髪師だったので、自然な成り行きで理髪師になるわけなんですが、いやいや働くわけですよ。
だって本当は音楽やりたいんだから。夜ジャムセッションやって翌朝早くから床屋さんで働くなんてやってらんないよ〜と言いつつ生活のために。
というか大好きなレコードを買うために、とにかく仕方なく床屋さんで働いていました。

ところが、この床屋さん稼業というのが実は彼のキャリアにとっては非常に重要だったんです。

というのも、彼がやっていた床屋さんというのが、クリーブランドの市街地の中でもラジオ局が密集しているエリアだった。そうすると必然的にラジオDJとか、ラジオ局にレコードを売り込みに来る音楽関係者が出入りするんです。ここで有名無名問わず数々の業界人とのコネを作ることが出来た。
だって、サックス吹きで超レコードコレクターの床屋さんが職場の近所にあったら、音楽関係者はみんな通うに決まってるじゃないですか。
ラジオ・音楽関係者に人気の床屋さんになるわけですよ。

  • 床屋からレコード梱包のアルバイトへ

ある時、彼の床屋に出入りしていた1人の業界人からレコードの梱包作業のアルバイトやらない?と持ちかけら、とにかくなんでも良いから音楽に関係する仕事につきたかったTommy LiPumaは床屋さんを放り出してそのバイトを始めます。そして梱包作業のアルバイトからプロモーション担当にまでのし上がるんです。とにかく小さい頃からラジオにかじりついて音楽聴いて
育ってる人ですから、ヒットしそうな曲に対する嗅覚みたいなものもあったんでしょう。プロモーションマンとして成績優秀で、クリーブランドでは
あっという間に一角の業界人になってしまったわけです。

そこで今度はまた床屋さん時代の違う常連客だった人から電話が入ります。彼はクリーブランドからロスに移り住んで、リバティレコードという老舗のレコード会社で出世していました。クリーブランドでプロモーションマンとして既に実績を作っていたTommy LiPumaに、お前もハリウッドに来てうちの会社で働かないか?と誘ってきたんです

ロサンゼルスに引っ越したTommy LiPuma、その当時25歳くらい。そもそもプロモーションマンって何をするかというと、ラジオDJと仲良くなって、
ときには袖の下を渡したり、ランチをさりげなく奢ったりなんかして良好な関係を築き、自分の会社からリリースした曲をラジオでOAしてもらう。
ラジオで曲がかかると注文が入って、それがヒットにつながるのでレコード産業の中ではかなり重要なポジションなんです。
この仕事、まぁなんと言っても人脈が大事。
プロモーションマン時代のTommy LiPumaの大きな助けとなったのは、
実はクリーブランドでの床屋さん時代のお客さんだったんです。

というのも、クリーブランドっていう街は、実はロックの誕生とは切っても切れない関係にあります。もともとは黒人による黒人のための音楽だった
リズム&ブルースという音楽。これを白人向けのラジオ番組で初めてかけた伝説的なDJがいるんです。Alan Freedという人。

  • ロックンロール始まりの街「クリーブランド」だからこそ…

この人が、リズム&ブルースを「ロックンロール」と呼んで、
白人黒人の人種を問わず若者たちに積極的に紹介したわけです。
つまりロックンロールの名付け親にして火付け役の張本人。この人がやっていた伝説的なラジオ番組「ムーンドッグ・ハウス」というのは何を隠そう
クリーブランドのラジオ局の番組だったんです。
この番組で紹介する音楽に全米の若者が熱狂するわけです。ラジオ文化と
レコード産業と若者文化が戦後結びついてロックンロールとして花開く。
その震源地みたいなものがまさにこのクリーブランドでした。
だからこのクリーブランドにロックの殿堂ってあるんです。余談ですけど。

このクリーブランドというのは重工業で栄えた街ですから、特に第二次世界大戦前後はかなり裕福な街で人口も多かった。豊かなアメリカの縮図みたいな街だったわけです。この街でヒットしたら全米でもヒットするだろうっていう、いわばレコード産業のリトマス試験紙みたいな。
50年代のロックンロール誕生の瞬間クリーブランドに居合わせたラジオマンや音楽関係者がその後ニューヨークやロサンゼルスに移って、レコード産業がさらに発展してゆく中でさらに出世してゆく。
という、そういうケースが多かったんです。

そんな時代にクリーブランドのラジオ局が密集するエリアで床屋さんをやっていたTommy LiPumaですから、その後ロスに行こうがニューヨークに行こうが目瞑って歩いたってその床屋さん時代の馴染みの常連さんとそこかしこで再会するわけですよ。
しかもみんな出世して偉くなってる。だからこそ人脈が命のプロモーションマンとして効率よく成功を収めることが出来たんですね。

Tommy LiPumaの床屋さん時代とプロモーションマン時代の話だけでもう
音楽コラムが終わりそうですが、アメリカを代表するプロデューサーの話をするっていうのに、プロデューサーになるところまで全然たどり着かない。まぁとにかくみなさんあとは各自で本を読んでください。っていうことで…

  • 床屋からのまさにアメリカンドリーム

実際ロック誕生の現場でイヤイヤ床屋さんやってた男がですよ、その理髪師時代のコネを生かして業界をのし上がって、しかもリズム&ブルースとは
別の種類のアフロアメリカンの音楽であるジャズを持ち込んで新しいロックの時代を作って大成功するというのは本当にまさにアメリカンドリーム!

成功してからの話はまぁどっちでも良いんですよ。
やれPaul McCartneyから連絡が来ただのRod Stewartの話を断っただの。
そういうセレブ話はどうでもよくて実際この本の中でも後ろ3分の2はもう
ウィニングランみたいなものです。

とにかく一番面白いのは、床屋さん時代とプロモーションマン時代の間に、実はその後のキャリアを決定づけるミュージシャンや音楽関係者たちに、
一通り出会ってしまっていたってこと。しかもその交友関係が一生涯続いてゆくっていう部分がすごく面白い!
この本でも書かれていますけどレコード産業ってみんな顔見知り同士の
小さな世界だったんです。

みんな同じようにラジオから流れてくるリズム&ブルースに憧れ、
普通の社会ではうまくやっていけないハミ出しもので、そんな人たちが自分たちの思う良い音楽を夢中になって追求していた、ある意味サークル活動
みたいだったのに、いつの間にかそれが何百億ドルという世界的な規模の
大産業に成長する。その物語が面白い。

今日はせっかくなんでこの伝記本の著者でもあるBen Sidranの
「The Cat and the Hat」というアルバムから、1曲お聴きいただきます。
実はこれTommy LiPumaの名前はどこにもクレジットされてないんですが、彼のレーベルからのリリースですし、そもそも音を聴けば彼が深く関わっていたことがはっきり分かります。
個人的にはドラマーSteve Gaddの名演としても推したい一曲です。

Seven Steps to Heaven

youtube版では動画で同様の内容をご覧いただけます。

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