ホールは世界最大の楽器だ!建築物から見る音楽文化の違いについて

TBSラジオで毎週金曜日8時30分~午後1時まで放送の「金曜ボイスログ」
シンガーソングライターの臼井ミトンがパーソナリティを務める番組です。

このnote.では番組内の人気コーナー
「臼井ミトンのミュージックログ」の内容を書き起こし。
ちなみにyoutube版では動画も公開しているのでそちらも是非。

ホールは世界最大の楽器だ!建築物から見る音楽文化の違いについて


音響面から考えるとコンサートは2種類に分けられる

先日、演奏の仕事で関西に行っていたんですけど、会場のホールが本当に
どこも音響が素晴らしく演奏しててめちゃくちゃ気持ち良かったんですよ。なので帰りの新幹線の中でコンサートホールの音響について音楽コラムで
話そう。と思いまして。

まず大前提として、コンサートって、音響の面から考えると大きく2種類に分けられます。

1つは完全に生音だけでお客さんに聴いてもらうタイプのもの。
例外はあるにせよ、基本的にはクラシック音楽はこのスタイルですね。
もう一つはマイクで楽器の音を拾って電気的に増幅した上でスピーカーから鳴らすタイプのコンサート。
ロックとかポップスのコンサートは、このスタイルがほとんどです。
マイクやスピーカーを使うか使わないかは、音響面でいったらとんでもなく大きな違いがありまして…

というのも、マイクを使わずに完全生音になると、凄く小さい音でも客席の後ろの方まで満遍なく聞こえなければいけない。しかも、音楽ですから、
バランスも重要なわけですね。
例えばオーケストラを聴きに行き、コントラバスの低音ばっかり聴こえちゃってバイオリンが全然聴こえないとか、それじゃ困るわけじゃないですか。

演奏する側としても、ステージ上で良いサウンドに響いてくれないと、音量バランスが取れなくて演奏自体がグチャグチャになっちゃう。
なので、生音で聴かせるクラシックのコンサートホールっていうのは、
その音響特性がまさに音楽の一部というか、ホールそのものが楽器として
美しく鳴ってくれる必要がある。一つの巨大な楽器とも言えるわけです。

一方、ロックやポップス、ジャズなんかの音楽はどうかっていうと、これ
基本的にはマイクを立てまして、音をある程度大きくした上でスピーカー
から出力しますので、逆に会場があまりに豊かに響きすぎてしまうと、
今度は残響音がグワングワン汚く混ざってしまって何弾いてんだかわかんないってことになっちゃう。
ホールの響きによって音を増幅するのではなくて、電気の力でスピーカーから大きい音を出しますので、あんまり響き過ぎない会場の方が好都合なわけです。あんまりエコーがいらないんですね。

でも、音響って不思議で、じゃあロックコンサートの場合は響きが完全にない無響室みたいな部屋がベストかっていうとそういうわけでもなくて、
これ非常に難しいさじ加減なんですけどスピーカーから音を出すコンサートの場合であっても会場の響きは程良くあった方が良い塩梅になるケースが
多いです。
今はテクノロジーが進んで、壁からの反響音とかを科学的に数値で計測して分析して調性するなんてことやってまして、僕がつい先日演奏した「大阪フェスティバルホール」なんかは、どの座席で聴いても残響は等しく1.xx秒とかって計測して設計したりしているんですよ。
それでもやっぱり最後は人間の耳で色々調整するんですね。音響設計家という職業があって、そういう人が最終的に耳で聴いて、反響板を設置したり
座席の布地の素材を変えたりして微調整する。

響きの良し悪しで重要なのは壁と床と天井

で、そもそも響きの良し悪しって、主にどこから来てるかっていうと、
まずとても重要な要素が壁と床と天井です。音っていうのは、まず壁や天井に跳ね返るんですね。我々はその反射音を聴いているんですから。
基本的に一番ダメなのは、壁が平行に180度で向かい合ってる、あるいは
天井と床が180度で平行に向かい合っている空間です。つまり普通の立方体の部屋。これが音にとっては一番ダメです。

ここはラジオスタジオなので音響面も当然考えられて設計されています。
壁、一つたりとも180度で向かい合ってないでしょ?このサブルームを隔てる巨大なガラスも見てください。傾いてるでしょ。これって、なるべく壁が180度で向き合わないようになってるんですよ。

なんで180度で向き合うとダメか。それは、壁に跳ね返った音が向かい側の壁に跳ね返ってまた跳ね返って、と反射が永遠にループしちゃうからです。そうすると特定の音域だけが増幅されちゃう。全部の音域をムラなく聴かせるためには、音をなるべくランダムに乱反射させないとダメなんですね。
これ非常に重要なポイントで・・・。

もし皆さん、映画館とかコンサートホールとか行く機会があったら、是非
壁や天井を見渡してみてください。180度で平行して向き合わないように、壁とか天井の角度がめちゃくちゃ工夫されてますから。

で、もう一つ、壁や床の材質です。これもめちゃくちゃ音に影響します。
床が木材か、絨毯かでまるっきり音が変わる。映画館なんかはスピーカー
からデカい音を出しますので、響き過ぎないように床はカーペットになっていることがほとんどです。

音をよく反射させる〝石〟と石造建築文化のヨーロッパ

逆に、音を非常によく反射させる素材は、石です。
ヨーロッパというのは、まさにその石を使って建物を作る「石造建築」の
文化ですよね。古くから音楽を聴く場所と言えば教会です。観光地にあるような巨大な大聖堂はもちろんですけど、ヨーロッパ旅行しますとどんなに小さい田舎町にも必ず教会があります。中に入ってみますと、どこも素晴らしい音響なんですよ。マイクとかスピーカーとかのテクノロジーがなかった時代は、賛美歌とか牧師さんの説教とかが素晴らしい音響で聞こえてこないといけませんから。

でも石はとにかく反響が多い。石でただ普通に部屋を作ると残響が長過ぎてお風呂場みたいな音になりがち。それでどうするか。部屋の形状を複雑にして、さらに天井を高〜くドーム型にして、音を乱反射させる。それによって、めちゃくちゃ長いエコーがかかるんだけど、濁らない、美しいサウンドを実現させているんです。

木造建築文化の日本では…

一方で、日本は基本的に木造建築の文化じゃないですか。木材っていうのもまた、良い響きを持つ素材なんですよ。ありとあらゆる楽器に使われている素材ですから、言わずもがなですよね。
ただし、木造建築となると、その構造上、空気が通る隙間がたくさん生まれますから、すると音も空気の流れと共に適度に外に逃げるんですね。
なので木造建築は実はあまり残響を生まない。

例えば日本のお寺さん。本堂でお坊さんがお経を読んで木魚を叩いたりしますと非常に心地良いサウンドになりますが、あれは、石造建築のように音を閉じ込めて乱反射させるのではなく、通気性の良い木造建築で音を外に逃す、そして、畳で音を吸収する。そういう音響設計になっているんですね。古い酒蔵とかも演奏に適した良い音なんですよ。漆喰の壁が適度に音を吸収して、木材が適度に音を反射させて、余計な響きは外に逃すっていうね。

だから実はね、日本ってあんまりエコーの文化がないんですよ。
日頃の生活でエコーを感じるのって銭湯に行った時くらいじゃありません?

建築文化の違いが音の文化の違いにも

こういう風に建築文化の違いがあるために、それぞれに音の文化というか、残響に対する感性が日本と欧米で全然違うんですよ。

これはあくまで文化の違いなんで良い悪いではないんですけど、音楽の制作現場なんかでも、日本では残響音ってあくまでも音に追加するオマケの要素みたいに捉えられてるフシがあって、まぁカラオケでちょっとエコー足そうかな、みたいな感覚ですよ。
それに対して欧米ではむしろ残響音の方が主役ってくらいにエコーの成分を重視するという違いがあるんですよ。

そんな日本に初めてヨーロッパ風の長いエコーをもつ残響をもつ本格的な
クラシック用のコンサートホールが作られ始めたのは1950年代半ば以降。
上野の東京文化会館とか神奈川県立音楽堂なんかがその代表ですけど、
当時はこんな風呂場みたいなとこで演奏するのかよ、銭湯じゃあるまいし、って国内のオーディエンスや音楽家には驚かれたようですね。
それくらい、日本人にとっては長いエコー(残響音)っていうのは馴染みがなかったわけです。

日本でも音響が大絶賛されるコンサートホールが誕生

でも、その後高度成長とともに日本も欧米諸国に追いつき追い越せと、
クラシック用の素晴らしいコンサートホールがたくさん作られました。
特に世界的に音響の評判の良いのが赤坂にある『サントリーホール』です。世界的な指揮者だったり、オーケストラだったりがその音響特性をこぞって大絶賛しましてホールの音響設計を担当した豊田泰久さんという方は、
実は1986年のサントリーホールオープン以降、世界中で引っ張りだこになりまして、名だたるマエストロたちが自身のオーケストラの本拠地の音響設計を彼にやってもらいたがるんですね。

彼が手掛けたホール、世界中に数えきれないほどありますけど、
代表作としてはロサンゼルス交響楽団の本拠地である「ウォルト・ディズニー・コンサートホール」とか、パリ管弦楽団の本拠地「フィルハーモニー・ド・パリ」、新しいものだとハンブルグの「エルプフィルハーモニー」、数々の名ホールの設計を手掛けているんです。なかなか知られざるフィールドではありますけど、音響設計の世界的な第一人者の1人は、実は日本人なんですね。

それにしても今日の音楽コラムで困っちゃうのがかける曲ですよ。
こればっかりはコンサートホールに足運んでもらうしかないですから。
苦し紛れに、今日はですね、日本が世界に誇る音響設計家の豊田康久さんが設計したサントリーホールで録音された名演奏を聴きましょう。

SkrowaczewskiのBrucknerを選びました。Skrowaczewskiが指揮する読響のBrucknerは5番と7番がサントリーホール録音ですね。今日は交響曲第5番の中からラジオを通してでも少しでも残響の感じがわかりやすいようにトメハネの多い第四楽章をさわりだけ聴きましょう。
ちなみに、野暮なこと言いますけど、クラシックの録音は小さい音が本当に小さいので、車の中で聴いてる方なんかは走行音にかき消されて実質的には無音状態になる瞬間があるかもしれません。びっくりしないでくださいね。

静かな場所で聴いている方は、クラリネットの最初のフレーズの美しい残響というか余韻にも注目して聴いてもらえると嬉しいです。
Skrowaczewski・指揮、読売日本交響楽団の演奏で、
Bruckner作曲、交響曲第5番変ロ長調。第四楽章の冒頭をお聴きください。

youtube版では動画で同様の内容をご覧いただけます。

金曜ボイスログは毎週金曜日8時30分~午後1時にて放送。
AM954/FM90.5/radikoから是非お聞きください。