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喋りで大切なのは“思いやり”を持つ事

喋りにも第一印象は大切だなぁーて。清潔感のある人が印象に良いように、声にも清潔感はある。声を出した一発目、緊張なんかでうわずっちゃうことはあっても、その後ちゃんと話せれば声質は伝わる。だから発声や滑舌の基礎が大切なんだよね。そこからはじめて内容を聞いてもらえるから。

内容を聞いてもらいたい気持ちは誰でもあるだろうけど、聞きたいって思ってもらうにはまず、声。滑舌が悪かったり、言葉が支離滅裂だと聞こうって気になれない。

聞いてもらうんじゃなくつい“聞いちゃう”もしくは“聞きたくなる”声や喋り。じゃあどうやったらそんな声、喋りになるのか?

ー“思いやり”

(できるに越した事はないけど)いい声である必要もないし、抜群に面白い喋りである必要もない。喋りたいように喋るのではなく、相手に聞いてもらっているというのを意識して喋る。これだけでもかなり変わる。

ぼくが羨ましいなぁと思うのは、上手いとか下手とかの土俵ではない喋りの人。アーティストやアイドルさん。その人が喋っていれば(いい意味で)なんでもいいって存在。

ぼくは自分の喋りを聞いてもらえる機会が少なかったから「ちゃんと喋れる人にならないと」と思って頑張ってきた。声や喋りはあくまで「言葉を伝えるための手段」であって、声や喋りを磨くことが目的ではない。

自慢みたくなっちゃうんだけど、朗読をやっててよかったーと感じられる感想を頂きまして。

自分が頑張ってても、結局は受け手がどう受け取ったかで決まる。

真っ直ぐに伝えても伝わらないときは伝わらない。大前提に言葉は話せば伝わるもんだと思ってるからストレスになる。諦めてる訳じゃないけど、言えば伝わるわけではない。それは自分に対してもそう。おそらくだけど相手も

「なんでこの人(ぼくのこと)には話が通じないんだろう、噛み合わないなぁ」

と思っているかもしれない。ぼくが自覚してないだけでね。だからちゃんと聞く。だからちゃんと話す。自分も相手も理解しやすい言葉を探す。それが

「伝える準備」

って事なんだと思う。準備をしたからって伝わる訳じゃないし、正直嫌になっちゃうこともある。でもそれが大事。考えなきゃスタートに立てないのよ、言葉を伝えるという競技の。喋りの一夜漬けはバレるよ。あぁ、何も考えてきてないなって。


ナレーター
有野優樹(ありのひろき)

正直に言います。話を上手くするため、映画を見たり本を読んだりのお金に当てます。直近、島に暫く住む予定なのでそちらの生活費に。