映画『Civil War』を観て思う事、雑記(ネタバレあり)
月初のメールマガジンでも宣伝した通り、映画『Civil War』を公開初日に観てきました。
面白かった。ロードムービー(旅物語)としては近年、ちょっとないくらいのインパクトもあり、銃撃戦などは大迫力。それでいて描かれているのは非常にデリケートで、政治と報道、ジャーナリストたちにその在り方を問う痛烈な内容でもありました。
放っておけばその内、AmazonPrimeやNetflixなどの動画配信でも観られるようになると映画館に足を運ぶ機会が減っている人もいると耳にしますが、スマホやPCなどから切り離され、迫力の大スクリーンと良い音響で鑑賞する映画は特別感があります。
ということで、上映スケージュールとその後の仕事の移動を考慮して久しぶりにグランドシネマサンシャイン池袋のBESTIA(+300円)*で鑑賞。
個人的にはローソン・ユナイテッドシネマ*の会員(年会費600円)でもあるのですが、元々は公開初日が多い金曜日が会員デーで割安だったのですが、少し前から平日1300円(休日1500円)でも会員料金が適用になりました。
いつでも会員料金というのは嬉しい一方で、ユナイテッドシネマの館内設備はそれなりの老朽化をしており、劇場内の客席間隔も狭い事から最近は足がやや遠のいてしまっています。
ポップコーンの旨さはTOHO>ユナイテッドシネマ>グランドシネマなんだけどね…(まずい訳ではないんだけど)
そもそもこの作品は大統領選挙イヤーである今年、このタイミングで劇場で観るからこそ価値が高いと言えます。
さて、ネタバレありで『シビル・ウォー』の感想を交えて書いていきたいと思いますが、基本的な政治的、また南北戦争についてはメルマガ転載のnoteや映画ドットコムでも書いたので割愛したいと思います。
ここからはパンフレットを読んでの感想やネタバレが含まれます。
あらすじ
公式WEBページや予告等では「アメリカ合衆国(連邦政府)から19もの州が離脱したアメリカ。テキサスとカリフォルニアの同盟からなる”西部勢力”と政府軍の間で内戦が勃発し、各地で激しい武力衝突が繰り広げられていた。」とあらすじ(STORY)が語られています。
主要キャラクター
リー・スミス
主人公のリーは死線を潜り抜けてきた女性の戦場カメラマン。
作中または予告動画の中でも「私たちは記録に徹する。わからなくても問題じゃない。それが報道の仕事」と仕事に対して個人的な考えを持ち込まない事を信条としています。
その一方で戦場の惨状を写真を通じて伝えることで祖国に警告をしてきたと自分自身のこれまでの仕事に対して振り返ってもいます。
「"こんなことやめて"」「でもこうなった」
彼女の中の矛盾と葛藤は、この旅を通じて彼女にどんな変化をもたらすのかは物語の見どころの一つです。
ジョエル
陽気で、下ネタを女性の前でも赤裸々に語るちょっと変態っぽいところもある、でも裏表や打算がない記者のジョエル。
ジョエルは、作中で明示されていませんがキャラクター別の紹介動画ではロイターの記者として描かれています。
言われてみると、首からぶら下げているPRESS IDの下部には確かにロイターのロゴっぽいものが…。
現実のロイターのIDはこんな感じですが
(こんなの初見で分かるわけがない…)
サミー
ジャーナリストによる旅の良き相談役であり、最もキャリアのあるサミーはリーの元メンターで元NYタイムズの記者。
「報道の力の信頼を失ったから国家は崩壊した」と警告し、ガーランド監督がこの作品を通じて最も伝えたかったであろうことを代弁する役割を担っていると考えられます。
メディアの立ち位置というのは米国においては非常に重要で、物語を考えるうえでも大切な要素です。
NYタイムズは左寄りとして扱われることが一般的です。(但し、1851年の創刊時は保守のオピニオンメディアとしての性質が強かった)
ロイター、AP通信は左派寄りの中道に位置しています。
作中の大統領は"3期目"の独裁的な大統領という事ですので、これらの情報からすると現実の時間軸と重ねた場合においては、バイデンではないことになります。
ではトランプ大統領(共和党)をモデルとしたとなった場合、これらのメディアの立ち位置は左寄りなのでやや批判的な立場を取ることになります。だからこそこんな内乱状態においての単独取材という構図が成り立つわけです。
ジェシー
リーに憧れる23歳、駆け出しのカメラマン。
序盤のNYでの暴動や旅の序盤ではカメラを満足に構えることもできず、一枚の写真も収める事が出来なかった彼女が、ジャーナリストの先輩たちとの旅を通じてどう変化していくのかは本作の見どころの一つ。
映画の冒頭ではピントの合っていないカメラが部屋の中の男性を映し出し、男性はカメラの前でスピーチの練習をしています。
どこで語気を強めれば説得力が増すのか…言葉を繰り返し発する男性は、白人のアメリカ大統領。
ホワイトハウスの会見室に立って、カメラ越しに国民(Civil)に呼びかけます。
「我々は歴史的勝利に近づいている」
まるで勝利を確信しているような強い語気で報道される一方で、東海岸側で最大の人口を有するNYでは暴動が起こり、市民(Civil)は亡くなったりしている矛盾。
大統領のスピーチや報道は意図的に事実から乖離したフィクションであるという皮肉をたっぷり観客に刷り込みます。
そのスピーチをテレビで放送し、NYのホテルの部屋で見つめる戦場カメラマンのリーが望遠レンズを取り付けたカメラ越しに大統領を狙う様は、まるでライフルで狙撃をしようとしているのとよく似た姿として描かれています。
ホテルの窓にはテレビの映像が反射して映り、アメリカの地図が荒く表示されます。
ホテルのロビーで記者のジョエルと、リーの元メンター*で恰幅の良い杖をつくサミーが会話する。
もう14か月も外部の取材を受け付けていない”3期目”の独裁的なアメリカ大統領、ワシントンD.C.まであと200kmにまで迫っているテキサス・カリフォルニア連合軍…連邦政府が陥落するのは時間の問題に思え、ジャーナリストたちは大統領へ会いに行って直接取材をしようと試みる。
サミーは反対をしつつも、かわいがっている後輩のリーのために高速道路が破壊されているから下道でペンシルベニア州からウェストバージニア州・バージニア州を経由してワシントンD.C.に入るルートを提案。
停電、そしてホテルのWi-Fiが遅くてイライラするリーは朝の出発に備え部屋に引き上げようとすると、日中にNY市街地で暴動から助けた若いカメラマンのジェシーと再会。
助けてもらったお礼と、リーに憧れて戦場カメラマンになりたいというジェシーだったが軽くあしらわれてしまいます。
しかし翌朝、ホテルの前から出発する車の中にはジェシーの姿が。
どうして連れていくのかと抗議するリーに対して、昨晩ロビーで声を掛けられ酔っ払った勢いで連れていくと言ってしまったジョエル。
命を落とすかもしれない危険な旅、まだ何の覚悟もない23歳のジェシーに昔の自分を重ねて渋々相乗りすることを認め、4人のワシントンD.C.を目指す旅が始まる。
旗と地図
鑑賞後、またパンフレットの情報を重ねると見え方が少し変わって来ます。
現実では50州の中で最も人口の多いカリフォルニア州(3903万人/2022)は民主党支持の地盤、次いで人口の多いテキサス州(3003万人/2022)は長く共和党支持の地盤。
この二つの州がテキサス・カリフォルニア連合を組み、西部勢力(WF)としてワシントンD.C.に迫るというのは、普通に考えてあり得ない話であり、この作品が如何にもフィクションであることを示しています。
ワシントンD.C.やNYなどを含むLOYALIST SATES(現体制支持州・保守支持州)とカリフォルニア・テキサス州のWESTERN FORCES(西部勢力、WF)。
作中でもWF旗は星条旗を思わせるものの、州の数を表す星の数は2つだけ。
赤と白のストライプは米国国旗と同じ13州と思われ、残りの17州はどんな立ち位置での離脱だったのかが作中では殆ど描かれていません。
というよりも政治的、政策的な分断については作中でほぼ全くと言って良いほど触れられていません。
また予告動画の中で非常に印象的な脅されているようなシーンで、赤いサングラスの銃を持つ軍人は「What kind of American are you?」(どの種類のアメリカ人だ?)と問います。
またある時にはクリスマスの飾りつけをした廃墟で戦闘に巻き込まれた際にジョエルは質問しました。
You don't know,what side you're fighting for someone's.
which(どっち)ではなくsomeone(どこの誰)と質問しているのです。
これが作中のこうした背景を描かないことで表現しています。
そしてパンフレットには作中でのアメリカの勢力図がハッキリと描かれています。
また公式WEBページには文字が重なり、一瞬ですがその米国の地図も表示されています。
WFにも連邦にも属さない州はそれぞれに独立した立ち位置に立っていて、アメリカには大きく4つの勢力が存在することを表しています。
南部のFLORIDA ALLIANCE(フロリダ同盟)、西北のNEW PEOPLE’S ARMY(新人民陸軍)。
パンフレットの中のDIRECTOR INTERVIEWではガーランド監督がこうした点について触れ、この作品を分断したアメリカが舞台ではあるけれど、「保守vsリベラル」や「共和党vs民主党」という単純な二極化ではなく、「民主党と共和党が『ファシズム*は悪だ』と同意して手を組むことがなぜ想像できないのでしょうか?」と語っています。
また「私はこの映画を通じて、報道とジャーナリストの役割について光を当てたいと考えました。自由な国には自由な報道が必要で、それは贅沢品ではなく必需品ですから。」とも語っています。
インタビューの中にはガーランド監督の報道とジャーナリズムへの考え方を掘り下げて語られており、作中で流れる音楽の意図などについても触れられています。
恐怖の赤サングラスの愛国者
物語の中盤で、赤いサングラスの軍人に脅される場面が登場します。
人種差別的なこの軍人が、旅の途中で合流したジョエルたちの旧知のジャーナリスト仲間に中華系の人に銃を向ける理由が単なるアジア人に対する人種差別ではなく、それぞれの出身地を訪ねて「そうとも。それが米国人だ」と。
非常に緊迫した本作の象徴的なシーンですが、何故このシーンがこんなにも予告でもピックアップされているのでしょうか?
ジョエルはフロリダ、ジェシーはミズーリ、リーはコロラドだと答えました。
赤サングラスは「ミズーリ?証拠を示せの?」というジェシーへの質問に、彼女が理由を応えられない点は日本人にはなかなか理解しづらい所ですが、ここは英語の口頭表現なのです。
銃で脅され質問されているジェシーが、From Missouri(ミズーリ出身)と答えることは「証拠を示せ(言葉だけでは信用できない、行動で見せろ、それまで動かない、疑りぶかい)」と答えていることであり、口頭で回答するそれを信じろという矛盾した表現。
また若いジェシーがその由来も答えられないというジョーク。
(アメリカにはこういう変な言い回しがあるよね、実にアメリカ的だと笑う)
さて、この赤サングラスの出てくるシーンで見落としがちなのが北西域を固めているNEW PEOPLE'S ARMYの存在です。
赤サングラスの軍人が中国人を憎み、中国系の人に容赦なく銃を向けるのはこのNEW PEOPLE'S ARMYの存在があるのではないかと想像します。
中華人民共和国(People's Republic of China)は民主主義国家ではなく、国名の"人民"が国民ではなく、"人民"解放軍(中国共産党の軍部)を表していることでも知られています。
NEW PEOPLE'S ARMYのPEOPLE'Sも背景は細かく描かれていませんが、その可能性があり、赤サングラスは「よくも俺たちのアメリカから領土を奪ったなこの中国人め」という鬱憤から引き金を引いたと考えられます。
世代交代と循環
リーとジェシーは作中で様々な形で対比され描かれています。
その一つがそれぞれが愛用するカメラです。
リーが愛用するカメラは速写性や暗所撮影、動画撮影に定評のあるソニーのフルサイズミラーレス一眼α7
赤いRが一瞬見えるので高解像度シリーズでしょう。(αには高感度シリーズのα7Sもある)
恐らくα7RⅣ(2019年9月発売)かα7RⅤ(2022年11月発売)だと思われる…。
α7RⅣの場合、最高シャッター速度は1/8000秒、連写で10枚/秒、ISO感度100-32,000(拡張ISO50-102,400)のハイスペックな一台です。
2024年8月にペンシルベニア州で大統領選挙の予備選で演説中のドナルド・トランプが銃撃された事件で、星条旗を背景に血を流しながら拳を突き上げて応えたAP通信のエヴァン・ヴッチによるこの一枚もαシリーズで撮影されたものでした。
他方、ジェシーの愛機は父から譲ってもらったというニコンFE2というマニュアルフォーカス(MF)のフィルムカメラ。
1983年に発売され、当時のアメリカは日本に追いつかれ追い越されるかもしれないと戦々恐々としていた時代。
まだ世界初のAFを搭載したミノルタのα-7000(1985)、キヤノンのEFレンズにUSM*(1987)もまだ搭載されておらず、ニコンが「不変のFマウント」でレンズマウントを変えなくてもここまでできることを示していた時代に発売され、最高速度1/4,000秒の高速シャッターが世界で初めて搭載されたエポックメイキングな一台。
ジェシーの持っているカメラからモータードライブは搭載していないと思われますので単写のみ。搭載しても最速3.2枚/秒の撮影となります。
リーは様々な戦場などで撮影をしてきた経験から序盤こそどんどんシャッターを切ってジェシーを導きますが、物語の後半では塞いでいた心の傷や葛藤からなかなかカメラを構える事が出来なくなっていきます。
他方のジェシーはどんどん身を乗り出していき、後半ではワシントンD.C.攻防戦、ホワイトハウス突入でも危険を顧みずにシャッターを夢中で切りまくります。
世代交代を感じさせる表現は、内戦や分断だけではなく、このジャーナリストたちを軸とした物語ならではの対比でも表現されているのかもしれません。
特にカメラは「撮影する」を、ライフルや銃を撃つと同じ単語、発音で”shoot”や”shooting”と呼ぶ事があります。(take a pictureとも表現するが)
戦場でカメラを構える、撮影をすると狙撃することは紙一重の違いでしかありません。
これは個人的な想像ですが、若いジェシーがデジタルのミラーレスではなく、一周回ってフィルムカメラを使っている点は、アメリカが分断と内戦によって凋落し、もしかしたら海外からカメラなどが新たに入ってこない実質的な鎖国状態を表しているのかもしれません。
何しろ日本から船便でアメリカに輸送するための西海岸はNEW PEOPLE'S ARMYとWESTERN FORCESに抑えられており、連邦政府の交易路は大西洋側に絞られているようにも思えます。
また貿易をするとなるとそれなりの治安が求められますし、貿易決済に果たしてこんな状態でUSドルが使えるでしょうか?
輸入品のコンテナに移民や敵勢力が忍び込んでいないとも限りません。
いくら食料とエネルギーの自給率が100%超の米国と言えど、分断してしまうとそれが州によって偏在してしまうというリスクが顕在化します。
またここでドイツ製のライカなどが出てこない辺り、日本のカメラメーカーが第二次世界大戦後から現在に至るまで、フィルムからデジタルに移行しても変わらずカメラ業界の頂点に君臨し続けてきたことがさらっと表現されているのも嬉しいと共に、報道シーンではもはやキヤノンではなくソニーなんだという変化も挿し込まれているのかもしれません。
(するとジェシーの使っているフィルムはコダック製?)
また表現として、古き良きアメリカに回帰するという意味で近年の世界的なレトロブームだけでなく、BTTB*を表しているのかもしれません。
フィルムだから、デジタルだからスチル写真の撮影で不利有利ということはありませんが、フィルムを現像するシーンや撮った映像をその場で確認できるのとできないという当たり前の違い。
フィルムの枚数制限などが織り込まれたり、現像のために時間を掛けたりなどの細かな描写も描かれ、ガーランド監督の道具に対する愛情を感じます。
また若いジェシーがレトロなフィルムカメラを使っているというのが単なるファッションではなく、写真の基礎から真剣に学ぼうとしている段階であることが伝わってきて彼女のキャラクターの真面目さを表しているように思えました。
AIを使った意図的フェイク
『Civil War』は生成AIを使った広告でも物議をかもしています。
米国で公開2週連続1位となってからは注目も集まり、そこで投入された米国内各地の観光地をイメージして生成AIで作られたポスターでは…
たとえば荒廃したラスベガスでは新たな観光名所となっているスフィアも無残な姿に…。
移民が船で押し寄せるシカゴの様子だが…
ロサンゼルスのエコーパーク湖を進む軍人たち…
白鳥デカすぎるだろ…
良く見ると左の大破した白い車のドアが3つ…?
生成AIに限らず、映画というのはドキュメンタリーでさえ撮影しようとした瞬間に監督・カメラマンなどの意図によってフィクションになってしまうという点において、そもそもCGやVFXなどを駆使した現在の映画・映像作品のどこに現実と違って何が問題なのかという投げかけは、非常に挑戦的であり挑発的でもあります。
その他、もしかしたら作中のあちこちにジョークや皮肉、見落とした描写もあるでしょうけど程よい長さになったのでここまでにしたいと思います。
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