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仕事も家庭生活も強制停止のインフルエンザー

プロローグ


「38.5℃か」

熱にうなされる1歳の息子の体温を測り、体温計から告げられた数値を読み上げる。

日曜の深夜、日付的にはもう月曜日に差し掛かっている。

ことの発端は前週の金曜日、保育園からの伝言。
「同じクラスのお友達でインフルエンザのお子さんがいたので、当初予定していた親子参観は見送りされますか?」

いやな予感はしていた、土曜の夜中に2時間おきくらいに息子が起きていたから。それでも土曜日はまだ元気だった息子。しかし、日曜の夕食後に37℃台になり、市販の風邪薬を飲ませ寝かしつける。

そして夜中に発熱。とりあえず市販の座薬で熱を冷ます。しかし明け方に諮るとまた39℃近くまで体温が上がっていた。

発熱外来、出動

「こんな状況じゃ月曜日は仕事にならないな」

妻と話し合い、午前と午後でそれぞれ有休を取り合う。それぞれがフルタイムで共働きの我が家ではこうする他ない。幸いそれぞれの勤務先がリモートワークを許容してくれてこうした柔軟な対処ができる。

妻が午前中にかかりつけの小児科に電話してくれると「インフルエンザは発熱してから時間がたたないと検査できないので午後に来てください」と言われ、午前中は家で看病。ほかの子に移すリスクもあるので4歳の娘もいったん学校を休ませる。

午後から有休をとった私がバトンタッチして、息子を小児科につれていく。発熱外来なので医院のすぐ外のビニールシートの簡易検査場でコロナ・インフルの検査を実施。
「柳本さん、息子さん、インフルエンザのA型で陽性で出てますね」
診断してくださったドクターに告げられる宣告。まさかとは思っていたがやはりインフルだったか。

私自身仕事で翌週に大きな会議があり、何とかその会議には参加・かじ取りをしたかったのだが、家族がこの状況では仕方ない。感染症のため会議そのものも出られなくなる可能性が頭をよぎる。

タミフルを処方してもらい、インフルまたは薬の作用で48時間は異常行動が出るので目を離さないようにとドクターから告げられ、病院を後にする。

インフルエンザなので薬局の中に入らず風すさぶ外で待ちながら、薬を渡してもらうのを待つ私と鼻たらす息子。この先どうなるのか。

格闘、超元気な保菌インフルエンサー

処方されたタミフルや薬のおかげで火曜日にはすっかり熱も下がった息子。前日の夜にしんどそうな顔を見ていたので親としてはこれは安心した。

しかし一難去ってまた一難。息子が熱が下がり元気になっても保育園には感染症のため1週間は行けず。また保菌もしている状態のため、近くの妻の実家にも預けることができない。

来週の会議もあり、この状況で休むほどではないと判断し、それぞれ会社に連絡し、リモートワークで仕事をしつつ、会議などがない時間に夫婦で分担して息子・娘のケアを実施。フレックスなどを活用し何とか仕事をこなそうと夫婦で苦闘。

熱はないけど保菌していて、よだれや鼻水をまき散らす文字通りインフルエンサーの息子をいなしつつ、仕事もしないといけない。わかってはいたがこれがなかなかハード。

欧州駐在時にコロナ禍で在宅リモート勤務で育児をしていた私にとっては初めてではないまでも相当精神力と体力を削られる。妻に至ってはこの状況がほぼ初めてなのでかなり参っているように見えた。

とりあえず気づいたら手洗いうがい、マスクは常時着用で何とか感染しないよう自衛する私・妻・娘。しかし相手は無邪気なインフルエンサー。言葉もまだしっかり伝わらない。仕方なく動画も長く見せるが、それすら飽きて遊ぶこと、濃厚接触を要求される。

結局息子が起きている間はあまり仕事がはかどらず、せき込む息子をよそに寝かしつけ、寝かしつけが終わった後に仕事をして24時近くに切り上げて就寝。

そうして何とかやりくりしていたが、さらに追い打ちをかける事態に発展。

「私も熱出てきた、38℃超えてる。ごめんけど今から寝るわ」

と妻が戦線を離脱。もともと普段よりも負荷が上がっている中でさらなる難題が押し寄せる。

水曜日の午後からほぼワンオペで昼食・ケア・夕食・風呂・寝かしつけを実施し、その後にまた深夜まで仕事を続けることに。

何とか仕事はこなしたが、家は荒れ放題。現状を維持して綺麗にする余力も時間もないまま気力・体力が切れる。

崩壊、コンプリート

何とかその日にやらないといけない仕事を終え、眠りにつく。そして木曜日の朝に私もついに喉と節々に違和感を感じつつ起床。

「これは絶対やられている気がする。。。。」

何とか午前中にどうしてもやらないといけない仕事を終え、午後は家族ケアと自分も休むために有休を取得。「もしかするとかかっているかもしれません」と告げ、可能な限り仕事をリリース。

上司も有休を快く承諾してくれ、私が来週出られないケースを踏まえ対処してくれた。

「38℃」「38.5℃」

果たして木曜の夕方に私と娘が熱を出してしまう。インフルエンザーの息子は仕事(うつす)をきっちりコンプリートしてきたに違いない。

もう来週の会議どうこうを言っていられない状況となった。
しかし妻もまだ万全ではない。元気になった息子は外に出たがるので人気の少ない道を選んでベビーカーを押す。私も半分ふらふらだが人手がいないので仕方ない。

家に帰ったときはしばらく玄関から動けなかった。

そんな無理をしたせいか、木曜の夜中に39℃、そして40℃まで私の熱は上がってしまった。こんな高熱を出すことがなく、過去にインフルエンザにも罹ったことのなかった私としてはかなりの苦しみだった。

翌朝少し回復してきた妻に送られ、息子の保育園への登園許可書をもらうついでに私と娘も小児科で検査。

お願いすると小児科でも検査はしてもらえるのだが、「名前は柳本純一郎、年は36歳、体重は55キロです」と完全に小児科の検診の質問を受けるいい年したおじさん。体は大人、頭脳も大人、酩酊の純一郎!

「お2人ともインフルエンザですね」とドクターがまた検査結果を告げる。
やはり息子のインフルエンザの魔の手からは私も娘も逃れられなかった。

職場の上司や同僚にもインフルエンザが確定したので来週の会議には隔離があるため出られない旨を連絡。もうその連絡するのが精いっぱいでその日はとにかく薬を飲んで寝るしかなかった。

木曜日の午前中にこれはきっと動けなくなると踏んで大まかな引継ぎを実施しておいて良かった。しかし、インフルエンザの大拡大により、外出は基本不可、仕事も穴を空けてしまう、家庭生活もままならない1週間となった。

ただし、仕事は事前に手を打っていたのと、上司や同僚がカバーできるように一緒にある程度進めてきたので大きな問題もなく、翌週の会議は私抜きで執り行われた。

「家族優先で」「あとは僕らで何とかしますから、休んでください」と言ってくれた上司や同僚には感謝しかない。準備を進めてきただけに残念ではあったが、罪悪感はほとんどなかった。


エピローグ:打つ手はあったのか?

結局翌週の半ばまで休みを取ったが、本当に体調が回復したのは土曜日くらいになってからだった。年を取ると回復も遅い。

共働き世帯で特に小さな子供を育児しているとこうした事態はなかなか避けられない。

子供が熱を出す→看病する→自分も感染する。

昨年の夏にも息子と妻がコロナに感染し、その時も有休とフレックス、リモートワークで乗り切ったが、かなりハードだった。

個人の反省点を上げるとするとインフルエンザのワクチン接種を自分自身も子供たちも怠ってしまったこと。これは次の流行シーズンまでに対策が可能。

病児保育も未登録だが、コロナやインフルの場合は利用が難しいケースもありそうだ。ただし、普通の風邪なら我が家の場合は実家を頼ることもできる。

あとはやはり仕事を早く手放し健康に気を付ける。家族の状況を伝えて、早めに仕事をサポートしてもらう、無理をして遅い時間まで仕事をしないなど、自分が罹患するリスクはもう少し抑えられたのではないかと思う。

会社側ができるとするとリモートワーク、フレックス、有休などの制度をしっかり入れる。そしてそれを実際に運用し実績を作り取りやすい雰囲気を作ること。我が家のケースではここは問題にはならなかったので助かった。またどちらかのパートナーに押し付けず助け合ることも改めて必要と感じた。

夫婦それぞれが分担をすればある程度対応できることもあると感じた。それでも通常の仕事をするよりも負担は大きいので、今回上司や同僚がしてくれたように職場側から仕事を無理させないような働きかけや声掛けも必要になる。

子のケアに男性も女性もない。夫婦・パートナーで力を合わせて実施するべきものだ。

今はリモートからオフィスでの仕事に揺り戻しが来ているという話もよく聞く(私が勤める先でもその流れがあった)がフルタイムであれ時短であれ共働き世帯がリモートワークをできるメリットは大きい。導入が可能だが未導入の企業や揺り戻しを行っている企業には子育て世帯への配慮という観点で検討をしてほしい。

男女ともに活き活きと働くことができ、困ったことがあれば柔軟に働き方をシフトしたり、助け合える仕組みや普段の備えが改めて必要・大切と痛感した。

私たちにできることを一歩ずつ。

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