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陸秋槎『色のない緑』感想

企画のときからずっと楽しみにしてた『アステリズムに花束を』をついに読み終わりました……!! いや〜すごかった。もちろん全部がハズレ無しで、みんな読んで!って感じなんですけど、個人的には特に、陸秋槎さんの『色のない緑』が好きだったのでその感想文でも書こうと思います。私本位の感想ですが、お許しください。また、思いっきりネタバレしている上に読んでいないとよくわからないと思うので、本の読後に読むことをおすすめします。

 まず、私は多分、場面設定にめちゃくちゃ共感してしまった。今よりもさらに文系の人権がない世界で、歴史学も言語学もコンピューターシュミレーションを必要とする。でも、主人公のジュディは計算が苦手だけど多くの言語を話せるという根っからの文系。それを生かして(?)機械のぎこちない翻訳を直す仕事をしている。一方で、学生時代の盟友で数学が得意なエマとモニカは研究者になる。あぁ、わかるなぁ……。私も、いつかそんな時代が来るだろうとなんとなく悲観している。ジュディちゃんが話す、仕事が無くなる恐怖とか理系の子への劣等感とか、手に取るようにありありとわかる。傲慢な言い方をすると、私はジュディちゃんの中に入り込むことができた。

 次に、何が私を惹きつけたかというと、きっと伊藤計劃さんの『ハーモニー』を踏襲しているであろう関係性の描写だ(もし作者の陸さんがこれを読んだことがなかったりしたらとても失礼なことを言っていることになるが、『ハーモニー』は私のいちばん好きな本のうちの一冊だ、ということを把握して読んでほしい)。学生時代の盟友3人。その中で死んでしまった天才。理知的にかがやく青春と、くずおれた今。私をSFの(もっと言えば百合の)沼に本格的に突き落としたあの小説に似ているのだ。三人称じゃなくて一人称視点なのも……。

 百合の観点からしても、すごい。この小説にはあまり直接的な描写はない。でも、最後まで読んでわかった。これは、クソデカ感情だ。ジュディちゃんの「私の人生はチョムスキーの"Colorless green ideas sleep furiously."と同じように意味が無い」というような自白を聞いてしまったモニカちゃんは、ジュディちゃんの人生に意味を生み出すための研究を行った。しかし、その論文は「ブラックボックス」によって却下されてしまう。失意のモニカちゃんは、〈SYNE〉の溶液、すなわち青春の欠片を飲み込んで自殺する。これはモニカちゃんが彼女自身の人生の意義を見失ってしまったからだ、とラストで仄めかされている。すごく逆説的で皮肉だ……。(結果的に)自分の人生を擲ってジュディちゃんに捧げることになったモニカちゃんの人生それ自体は……つまり、クソデカ感情である。このクソデカ感情を受け取ってしまったジュディちゃんはどうなってしまうのだろう。俺ジュディちゃんのこと心配だよ。まぁその辺はエマちゃんがうまくやってくれることに期待したい。

 最後の場面で、ジュディちゃんは"Colorless green"の〈SYNE〉に意味を与えた。「美しい思い出」を内包させた。半ば無理やり。でも、自分のために頑張ってくれたモニカちゃんの気持ちを知ってしまったジュディちゃんの人生のほうは、もしかすると重すぎるくらいの意味を背負ったかもしれない。この短編を読み終えた私には言える。「『色のない緑の考えが猛烈に眠る』には、きっと意味がある」と。

追記

 この記事をツイートした際、作者の陸秋槎さんから直接リプライをいただきました。

実は早川書房の編集者さんも、拙作の人間関係の構図はハーモニーの影響でしょうと指摘しました。ハーモニーを読んだことありますが(アニメも)、執筆中にオマージュの意識がなかったです。ただ伊藤計劃先生の存在が巨大すぎて、逃げられませんね。

https://mobile.twitter.com/luqiucha/status/1144453444507279360 (原文です)

 オマージュの意識はなかったとのことです。失礼致しました。しかし、伊藤計劃さんの作品も読まれているということでSFの系譜が受け継がれていくような気持ちになり、なんだか嬉しかったです。

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