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乳をとりもどす話(2)

(これは私が脂肪注入による乳房再建を行うまでの話である。前回の投稿から数ヶ月も空いてしまった。実際は既に2回目の施術を終えているけれど、今回の投稿もまた、まだまだそこまで至らない前段階での出来事である…)

大学病院から紹介状を受け取った私は、早速脂肪注入を取り扱っているA医院に予約を入れた。
A医院では、電話だけでなくLINEでやりとりが可能だった。
チャットボットと手動のハイブリッドでサクサク予約でき、大学病院の代表電話(いつかけても繋がらない)や予約しても1ヶ月後などがザラなのを思うとその便利さに感動した。
事前に簡単な問診票入力までLINEで済ませ、いざ初診。

が、A医院までの道のりをGoogleマップで確認中、余計なものを目にしてしまった。

「口コミ評価」である。

……低い。
星1〜5評価のなかで、星1が半数近くを占めている。
(口コミなんてネガティブなことの方が書かれやすいものだ。環境や状況も違う赤の他人が書いた評価、真偽の程も定かではない。)
……そうは思えど、こちらも未知なるフェーズに進もうとしている素人。
暗闇を手探りで進む迷い子は、小さな葉音にも反応してしまう、とってもセンシティブな状態なのだ。
一応チェックした。
ーー否、めちゃくちゃ熟読した。
結果、気にするに足らないという判断に至った。
星1評価の人の話を総括すると「カウンセリングなど患者への対応に不満」ということであり、また書き込んでいる人の多くは美容整形を所望する患者のようで、私の行う治療に対しての評価は今のところ見当たらない。

私としては、結果さえよければ、過程は二の次だ。
スタッフの対応が失礼だろうが、先生がせっかちだろうが、予約から待たされようが(大学病院では4時間待たされたしな!)、「乳をとりもどす」という目的が達成されればそれでいいのだ。

かくして私は、意気揚々とA医院の門戸をくぐった。
清潔感のある落ち着いた色の壁にヘリンボーンの床、デザイン性のあるソファが特徴的な、お洒落空間。
まずは受付にと足を進めた瞬間、待合のソファから「いや、それって違いますよね!?」と、声が響いた。穏やかじゃない。
思わず目を向けると、目深に帽子を被った女性とA医院のスタッフらしき女性が向かい合っている。
「それって私の責任じゃないですよね、おかしくないですか!?」
帽子の女性は周りのことなどお構いなしに、大声をあげる。
(おやおや、これはまたご挨拶ですね……)
普通であれば不安になる状況だが、口コミ評価を熟読してきたのが逆によかった。何のこれしき。織り込み済なのである。

というわけで、湧き上がる幾分かの不安を見ないふりして駆け抜けて、ようやく医師と面談に至った。診察室のドアをあけると、そこには爽やかイケメン。

イケメン医師は「乳房再建は、絶対に必要とはいえない治療である」と前置きをした上で、保険診療・自費診療についての概要と、また、私の希望する脂肪注入についても三つの選択肢があることを説明してくれた。
①純脂肪注入:採取した脂肪を遠心分離で不純物を除いて注入
②荷重遠心法(コンデンスリッチ):遠心分離+圧をかけ濃縮して注入
③脂肪幹細胞付加(ASC培養):自分の脂肪から幹細胞を培養し一緒に注入

①→③の順に生着率は高くなり、料金も比例して高くなる。
例えば①が生着率30〜40%程度だとすると、③は50〜70%。

「お金のことはいったん忘れる」を掲げて治療に向かい合っていた私である。事前にネットで調べていたこともあり、その場で③の脂肪幹細胞での治療を依頼した。

脂肪注入は大体4回程度、分割して行われる。
初回の手術は、脂肪肝細胞を培養するための脂肪採取がメインで、約一ヶ月後に行われることとなった。

「もし自分の家族が乳がんで全摘することになって、再建を希望しているとして、僕だったら脂肪注入を奨めると思う」

そういった医師の言葉がなんとなく心に残っている。

手術日を決めて、準備についての話を聞いた。
腹まで覆える着圧タイツ、胸のサラシ、etc.
キャンセル代だって高額だ。

もう後戻りはできない。
するつもりもないけれど。

医師から見せてもらった女性たちの症例動画の胸はどれもきれいに元に戻っていて、ちょうど私くらいのサイズの乳の、完成例を見たときは、
シリコンと違う柔らかな胸というのはこのような形で実現できるのかと、
なんだか感動した。
再建した側の胸は、摘出手術時に筋肉も落としている。だから胸に力を入れると、妙なひきつれになって細かいシワが寄る。
その名残は、モニターの向こうの柔らかな胸を動かした際に小さく独特な動きがなされるのを見て理解した。

手術の2週間前くらいに、一度突然病院から電話がきた。
ちょうど仕事で資格試験を受ける日の昼、「天下一品」で「こってり」を頼んだタイミングだった。
「すみません今出先で。かけなおすんで、用件だけ教えてください」
そう伝えた私に、電話の向こうのスタッフは恐縮しきりでこういった。
「申し訳ないのですが、手術が予定日に実施できなくなって……キャンセルのご相談です」
え、なにそれ、そんで何このタイミング。
空返事で「あ、ハイ、では後ほど。」などと電話を切った。
大好きな天下一品のこってり、まったく味わう余裕なんてなかった。
てかこれから私、資格試験なんですけど?
「飯が不味くなるからそんな話やめろ!」みたいな慣例句があるけれど、
味がなくなる、とはこういうことかと知った。
大好きなこってりを、汚されたような気すらした。

「なんでだよ、キャンセルって。他にVIP顧客が割りこんできたとでも言うのか。そんな横暴が許されるのか。それとも、ご時世柄コロナ罹患者でもでたというのか」

色んな考えが頭を渦巻く。
センシティブになっているのを自分でも感じる。
事実は事実であり、妄想したところで意味がないのは分かっている。それでもやめられない。

……と、ここまで書いたが、結局キャンセル騒動は病院スタッフの勘違いによるものであった。(ナニソレ)
食後にコールバックすると、恐縮した声の女性スタッフが「スミマセンデシタ!予定通り、⚪︎日でお願いします!」
と伝えてきた。

なんだなんだ。
色んなことが不安になるけれど、まぁ予定通り進捗するならよしとしようじゃないか。

口の奥に残る、天一こってりの余韻を噛み締めながら、試験会場までの道を歩いた。



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