見出し画像

卵子凍結をしてみた話(4)

卵子凍結をしてみた話(3)

ついに卵子凍結のための採取日
やけに体が軽く、僅かながら出血していたこともあり、排卵されてしまったのでは…と心配だったが、医師・ヒデオイタミは「あ~大丈夫ですよ~」と軽い返事。胸を撫で下ろす。
「多少なら問題ないです。排卵直前の卵子が一番いいんで」と。
腹水が貯まっているが問題はないそう。
エコー検査の器具が入ると、今までにない圧迫痛を感じた。

これから私は、部分麻酔で、卵子を採取・凍結する。時間は約30分超。
麻酔を浸した綿球を膣に挿入すると、唐辛子やメンソールのような刺激があった。
じきに感覚は麻痺、今ならピアスでも開けられそうな気がする。
「採卵って、タピオカのストローみたいなヤツで吸うんですか?」と確認したら「いや、フツーの注射針みたいな細いやつですよ」とのこと。
不安がひとつ解消されてホッとする。
手術前に座薬を入れ、便意との戦いが始まった。ソファに座っていると、我が苦悶のフェイスを心配してか看護師が「大丈夫ですか!?」とかけ寄る。
はい、このあと処置なんですうふふ。などと作り笑顔で答える。哀しき大人の強がりよ。

そのうちに医師・ヒデオイタミが通りかかる。さすがに手術中の放出は避けたいので、正直に便意を訴えるも
「あ~、今そういう気持ちなだけで、実際は出ないんで……耐えましょう!」とそのまま通りすぎていった。
根性論!やだ!!令和の時代に精神論なんてやめてよ!トイレにいかせて!!!
座薬が効くまで40分くらい要することは分かっている。でも…。
医療とプライドとのせめぎあい。守りたい、我が尊厳。
そうこうしているうちになんとか波は過ぎ去った。

手術室ではヒデオイタミと金髪女医、あとは初見の女医、そしてふくよかな看護師という豪華メンバーが私を出迎えた。
パンツを脱ぎ、スカートをたくしあげて出産台のようなベッドに乗る。ここにはもう仕切りのカーテンは存在しない。私の股ぐらの先にはヒデオイタミ、それをサポートするように右手に金髪女医。
血圧と心拍数の測定器が装着される。
機械入りまーすと言われて金属的な器具が挿入され、びしゃーと大量のぬるま湯が放出された。「えっ!何!?」と声をあげる。洗浄しているらしい。
麻酔をしているとはいえ、感覚はフツーにある。エコーの機械を入れれば圧迫されて痛いが、そういうものらしい。
今度は注射で麻酔を打つ。わずかな痛み。ついに始まるのだ。

オーケストラの指揮棒のように長い針が目に入る。エコーを見てこの針を膣内から卵巣に直接刺し、卵子を吸込むそうだ。
採った卵子って見られます?と聞いたが、顕微鏡でないと見えないらしく、見せてはもらえなかった。
ヒデオが針を刺し、そこからホース的ななにかで試験管に卵子が移り、金髪女医はそれを確認し蓋をして、「26でーす」「31でーす」と謎の数字を声にしながら手術室の奥の部屋にいる女医に、都度移す。

それにしてもだ。
この採取が痛いのなんのって。
針を刺す瞬間にズン、という衝撃がある。そして痛み。それは刺される痛みとは少し違う、立っていられない極限の生理痛のような感じ。
思わず腹部にかけられたタオルケットを握りしめる。足腰にも力が入る。
……痛み痛み痛み。針は角度を変えて何回か刺されているが、箇所や角度によって、かなりの激痛が走る。歯を食い縛る。唸り声が出る。卵巣の位置が動くことで、この痛みが生じるらしい。
ヒデオも金髪も「痛いよねごめんね」と言う。
気がおかしくなった私は唸りながら「ゴキゲンな音楽とか流せないんですか!?」と口にしていた。もちろんダメである。
やむなく脳内でQUEENWe Will Rock Youを再生するが、昂って妙に苛立つのですぐにやめた。
医師達が「順調だからね」「いっぱいとれてるよ!」と何度となく励ましてくれるものだから、こちらも「励みになりますぅぅ」「ううう、大丈夫です」「大漁ぅぅぁぁ~」「痛すぎる生理痛だ」「痛いよぅ~うぅ~頑張るぅぅぁあ~」
などと声をあげ続けた。

終盤は頭のなかで小泉純一郎が「痛みに耐えてよく頑張った!感動した!」と何度となく叫んでいた。いやマジこれ偉業。
出産ってこんな感じなのかな、いや裂ける位なんだからもっと痛いんだ、あーもー絶対に出産なんてしたくない!!!などと本末転倒なことを思った。

不妊治療されている方の中には、これを何度も、毎月でもトライする方がいるというのだから、本当にその壮絶さは計り知れない。
高額な自費診療、毎日の通院。
もっと補助金がガンガン出て、会社も周りもそれをサポートできる世の中になってほしいと切に願う。

約30分超の長丁場を終え、よろよろと台を降りる。ずっと力が入っていたので足が震える。
帰り道は車イスを押してもらって移動した。いつもと違う目線の光景が新鮮だった。
ベッドで小一時間横になる。腹がじんわりと痛むけれども、長い戦いを終えたあとの、エピローグのような痛みだった。
そう、戦争はおわったのだ。war is over!

この日採取した卵子、実に22個。うち凍結できるものは20個であった。2個1セットで凍結する。
大漁旗でも掲げたい。
手術に立ち会った医師看護師みんなで祝杯をあげたい。シャンパンが飲みたい。鏡割りがしたい。
けれどもしかし、本日アルコールは禁止。無念!
じんわりとした達成感の中、帰り道にタピオカを買って帰った。


・・・
戦いは終わっていなかった。
翌日から、腹がパンパンに膨らんで痛む。痛い、というかしんどい。
30kgくらいの鉄球を腹にのせて過ごしている感覚、なんの準備もなく妊娠後期に入った気分。苦悶。背中がバキバキだ。
赤ずきんちゃんで腹に岩を入れられた狼を思い出す。
膨らんでいく腹はとどまることを知らず、AKIRAの鉄雄にでもなった気分である。
物事を冷静に考えられない。腹が圧迫されてお腹もすかない。

翌々日、友人の展覧会に顔を出す予定だったのだが、ギャラリートークを聞いているうちに貧血状態に。気持ち悪くて立っていられずトイレにふらふらと向かう。楽しげに会話する親子がサッと離れていった。
昼御飯を食べられず、フルーツの乗ったかき氷を食べ、途中で一人帰宅。友人がお惣菜を買ってきてくれた。
その日の夜は嘔吐し、翌日はほとんど寝ていた。食事もほとんどできなかった。寝ていても体が軋んでいたい。つらい。眠れない。
次の日は会社も休んだ。
鏡を見ると、まるで妊婦のように腹が膨れている。
お腹の張る不快感と胃痛にも似た痛み。内臓が焼けてるんじゃないかと思う重苦しさ。

翌々日、産婦人科の診療だったのだが歩く事もままならず、家からタクシーで病院に向かった。
そして言い渡された、緊急入院
症状レベルで言うと「中程度」らしいが、悪化を防ぐための入院措置だ。
うずらの卵ほどの卵巣は、採卵時に7cmほどに腫れ、今では15cmにまで腫れていた。
点滴、尿カテーテルを装着し安静にと言われる。
卵巣の腫れはもちろん、腹や胸にも水が溜まっていた。
水分が血管から逃げて体に回っているらしく、血管に水分を戻すための血液製剤を使用する可能性があるということで同意書にサインをした。(結局使用する事はなかったが)

入院する準備など一切してこなかったので、翌日、シャワー許可が出ても石鹸やシャンプーがなく、湯あみするしかなかった。これを機にオーガニックパーソンでも目指そうか。
尿にはカテーテルがついたままだったのでシャワーもぎこちない。

入院は1週間程度と言われていたけれど、案外すぐに落ち着いて、3泊4日で無事に終わった。
退院時にもお腹は膨れていたものの、すっかり苦しさからは解放されていた。現代医療バンザイである。
久々に出た外は日射しが強く、暑かった。
帰り道、自分への労いにタピオカを買って帰った。

数日後、ヒデオイタミと最後の面談を行った。
卵巣も5㎝くらいに落ち着いている。生理がくるたび腫れは治まるらしい。
採取した卵子を拡大した写真も見せてもらう。真ん丸できれいだ。
「これで一旦は終わりですね」とヒデオイタミは言った。「最後は大変でしたけど」
これで最後。こみ上げるものがある。次にここへ来るときは、パートナーを連れてくるのか。想像もできない。

「本当にありがとうございました。いい思い出になりました」
そう言って私が頭を下げると、
「そうなこと言う人、あんまりいないですね」
と、ヒデオイタミは苦笑した。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?