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卵子凍結をしてみた話(2)

卵子凍結をしてみた話(1)


女の下腹部には、スター養成機関が存在する。
卵巣の中には原始卵胞、要するにスター卵子を夢見る卵子研修生が巨万と眠っている。(出生時約200万個→思春期約30万個。月経開始以降は毎月1000個ずつ減るらしい)
そのうち排卵オーディションを受けるのが数十~数百個。
さらにオーディションを勝ち抜き、選抜メンバーとして育っていくのは十数個。
ただしスター卵子として選ばれ磨かれ、デビュー(排卵)できるのは選抜メンバーの中で原則1個。
そう、精子と受精できるのは、デビュー後のスター卵子ただ1つだけなのだ。
「この子には敵わない…」と夢敗れた選抜メンバーたちはスターに希望を託し、そっと表舞台から消えてゆくのである……。

……と、これが通常の卵巣の動き。

ところが私の卵巣は通常と異なる状態だった。
「多嚢胞性卵巣症候群(PCOS)」という疾患。
何年も昔、生理不順をきっかけに検査した際に診断されていたものの、比較的メジャーな疾患で極端な変調を来してもいないので、すっかり放置していた。(一時はピルや漢方薬を飲んでいたけど面倒でやめた)

多嚢胞性卵巣症候群とは、スター養成機関でいうところの、選抜メンバーからスター卵子が輩出されないまま、メンバーがキャッキャウフフと皆で仲良く過ごしている状態である。
スターに道を譲り消えてゆく様式美が我が体には見られない。生ぬるいぜ。

精子と受精できるスター卵子が排出されないということは、自然妊娠したい人にとっては困った事態である一方で、卵子凍結をする人間にとってはラッキーな状況ともいえる。

卵子凍結は、そのタイミングが鍵となる。
排卵後のスター卵子は採取するのに遅く、その手前、スター誕生前夜に卵巣内で大きく育った選抜メンバーこそが、卵子凍結にベスト。
選抜メンバーが脱落せずたくさん残っている=それだけ獲得が多くなる。
ケミカルな投薬と注射でもって、大勢の選抜メンバーたちを全員デビューステージ(裏)まで連れていく。
みんなついてこい!最高の興奮と感動を味あわせてやるよ!
(などと言って、ステージ幕開け直前に凍結され眠ることになるのだが…)

そんなワケで、馴れ合う選抜メンバーで満たされた私の卵巣は、「一度でがっぽり大作戦」に最適な土壌と言えるのだった。


【6/25】
初診から約2週間、やはり決断は変わることはなかった。改めて卵子凍結を行う意思を表明し、同意書に署名をした。

いまは初診日から10日間ほど薬を飲んで体内環境を整えている状態。
次の段階では、これから10日間、毎朝病院に通って注射を打つことになる。
会社員としてはかなりイタいスケジュール感だが、背に腹は代えられない。
治療の一環ということで割り切って、会社には連日半休を申請していた。

事前検査による、AMH(抗ミュラー管ホルモン)の数値測定では、卵巣内にどのくらいの卵子が残っているか、要するに卵巣年齢を確認した。結果、私の卵巣年齢は約20歳(!)
多嚢胞性卵巣症候群の影響ではあるものの、20歳などと言われればそれなりにテンションが上がる不思議。
ニヤニヤしていると医師・ヒデオイタミ(仮)が「数値が高いんで、卵巣がかなり腫れると思います」とぴしゃり。人によっては入院するケースもあるらしい。ナニソレコワイ。

そして卵巣のエコー診察
スカートとパンツを脱ぎ、ご開帳マシンこと診察イスに足を広げて座る。
ほどなく椅子が高くのぼり、背もたれが倒れ、自動的に大開脚スタイルになった。
腹のあたりにカーテンが引かれていて、医師たちの顔は見えないよう配慮されている。

医師ヒデオイタミは「機械いれまーす」と言うや、こちらの返事を待たずして即座にズン!と機器を膣内に挿入し、グリングリンと動かした。
待て待て。「痛く無いですか?」とか聞かないの?
これまで検診で何度も同様の診察を受けているが、こんなに粗雑で一方的なスタイルは初めてだ。

不謹慎と思いつつも、どこか医師の性生活を想像してしまう。
妄想上のに対して身勝手にがっかりしながら嘆息していると、
「なんだこれ」
とカーテンの向こうで不機嫌そうな声が響いた。

エコー画像を見ると、粗いグレーの空間の中に黒いいびつな楕円形が写っていた。かなり大きい。
思わず「ブラックホールだ」と口に出すと、ヒデオイタミも「ブラックホールだね…」と返す。
どうやら水が溜まっているようで、このままでは採卵の邪魔になる。
本来は今日から注射を開始したい所だけど、いったん血液中のホルモン数値を調べる必要があるとのことで、翌日に出直す事となった。

思い通りにならないもんだな〜とぼんやり歩いていた帰り道、黒と茶のぶちの猫がゆっくりと私の横を通っていった。腹がでかい猫だった。孕んでいるのか肥えているだけなのか分からない。
周囲に人がいないのを確認し、マーオ、と鳴き真似で呼びかける。
けれど猫は振り返ることなく先に進み、スイッと壁の奥に入っていってしまった。


【6/26】
翌日、血液を採取して結果が出るまでの間、またもエコー検査が行われた。
私がご開帳マシンに身を任せておっ広げしているカーテンの向こうで、ヒデオイタミが「Sセンセーイ」と先輩らしき女医を呼びこんで一緒に私の股間を見ている。
おい、メンバー増やすときは私にひとこと断れよ。こっちはリアルに丸腰だぞ。
なお、気になっていたブラックホールは卵胞液で間接的に卵子の生育を知る指標らしく、悪いものではないそうで安心した。

一方で、問題だったのは血液検査の結果のほうだ。
「エストロゲンの数値が異常なんだけど、薬とか飲んでます?」とヒデオイタミは首を捻りながら聞いた。
その数値、1231。
通常は高くても2桁の数値だというから、あまりにも高すぎる。
数値が下がらないと卵子凍結は進められない。今日までピルを飲んで卵巣のスタンバイをさせたけれど、リセットが必要になった。
今日からピルを飲んで2週間後、再びコンディションを整えることになった。

ネット情報によるとエストロゲンは美人ホルモンとも言われるらしい。
溢れる色気、エロスの化身、尻神様(ただ尻がでかいだけ)…周囲の人々からそう評されてきたこの私、ほとばしる女子力(おなごぢから)が、まさか医学的に証明されてしまうなんて。
そしてこんな形で私の未来を邪魔をするなんて、笑っちゃうぜ。

手術が翌月に迫る中、残されたチャンスはあと2ターン。
さぁドラマを見せてくれ、私のスター養成機関。


つづく


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