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如月紅梅
2024年6月24日 17:22
結婚し、新居に引っ越した。周辺への挨拶も終わり、家具も荷物もある程度片付いた。まだまだダンボールやビニール袋に入れっぱなしのものたちは多いが、今週中には終わるだろう。しかし、正午になりお腹が空いた上に汗だくだ。引っ越しは疲れるね。夫と同時に言ってしまったので、顔を見合わせて笑った。もうスパ銭でも行こっか。近所にあるよ。いいね、そうしよう。車で15分程度の先でコンビニもない竹林を
2024年6月24日 18:05
ねえ、それ何やってるの?美人でとても優しいおかみさんが尋ねてきた。銭太鼓だけど・・・?5歳程の私は民舞の概念が無かった。銭太鼓は山陰に伝わる、筒の中に五円玉のような物を入れ、両端に房をつけた小気味よい音のなる小道具だ。ジャンルとしては打楽器になるのだろうか。練習熱心だねえ。いつもやってるじゃない。おかみさんは愛らしく微笑んだ。まだ25歳ほどだろうか、若くして夫の座長を亡くし、子
2024年6月25日 00:09
ある昼の部の最中、一座の子供達が神妙な面持ちで言った。私ね、この仕事もう嫌。転校ばかりで友達も出来ない。学校に行っても午前中で帰らなきゃ行けないし。私と弟は座長の子だから、跡継ぎになる。そんなの絶対嫌。ねえ、ここは地元でしょ?家出先教えて。お願い。俺も嫌だ。座長なんてなりたくない。俺からも頼む。僕は座員の子だから、一生平でやっていかなきゃ行けないの、嫌。紅子ちゃん、
2024年7月10日 10:07
旅一座達の中で、私は噂になっていった。地元の劇場に出入りする、芝居も舞踊もこなせる子供がいると。噂を聞いた一座達からは引っ張りだこで出演していた。勿論スカウトも何回かあった。全部断った。理由は西日本をまわる劇団は、男しか座長になれない。女は添え物に過ぎないので、お給料もお花もほとんど飛ばない。それでお断りしていた。そんな折、おばあちゃんが浴衣を縫ってくれた。いつも借り物か
2024年7月10日 15:46
おじいちゃんは時々観に来るが、決まって席に座らず、1番奥の座敷と言うか、照明さんの近くにしゃがんで1人で居る。特に感想も言わなければ、終わったら黙って帰る。お芝居が終わったあと、おばあちゃんに手を引かれて楽屋口に連れていかれた。○○の妻です。座長さんは居ますか?聞いた事のない名前に奇妙な違和感を覚えた。おばあちゃんは若い座員さんが顔をのぞかせたので、再び○○の妻で、座長を呼ぶよう
2024年7月10日 19:55
子供のいない劇団も多くある。そういう所には裏口にお邪魔せず、じっくりと観劇している。お金のある大所帯の劇団は有線マイクを首からぶら下げて芝居をしていたり、時代も急成長して行くと、もっとお金のある劇団は無線マイクをぶら下げたりで、舞台発声も次第にしなくなっていく過渡期を観ていた。またおばあちゃんはデパートの袋を劇場に持ってきている。また豪華なお菓子なんだろう。芝居が終わったあと、私
2024年7月11日 15:34
紅子、おばあちゃんと汽車で街の劇場行かんか?父さんお母さんでも食べさせたことの無いパフェ食べさせちゃるけん。おばあちゃんにしては気前が良すぎる話に、私は驚いた。えー、ホントに?ほんまじゃ。じゃあ行く!!子供にとってはこの上ない話に浮かれていた。夢のパフェを思い描いていた。当日、バッチリ準備を済ませ、つかの間の汽車旅を楽しんだが街の駅から途方も無い距離を歩かされてしま
2024年7月12日 18:22
おばあちゃんが街の劇場に行った際の記念写真を額縁に入れて、ニコニコしっぱなしだ。まるで乙女に戻ったかの様。普段ならおじいちゃんに悪態つきまくりで、おじいちゃんは静かに囲碁をやりながら、キセルを燻らせているだけだ。もはや悪態セラピーじゃないかと思えるレベル。しかし、あれ以来おばあちゃんはご機嫌だ。紅子、時代劇観よう。誰が出てるの?おばあちゃんの「心の恋人」が出るんじゃ。心の恋人
2024年7月14日 17:28
今何歳?名前は何?劇場の裏口でいつもの様に遊んでいると、急に話しかけられた。紅子、小2だけど?もしかして椿山小学校?うん。私ね!同じ小学校の4年生に転校してきたの!1ヶ月だけだけど、小学校で少しでもいっぱいお友達作りたいの!学校やこの町で流行ってる事や方言とか教えて!!息せき切って話し出した少女の気持ちは、ある程度は理解したが、ここまでの熱意は初めてだった。えっとね、4年生と
2024年7月14日 22:39
とうとうレイも5000円になったか、不景気じゃのう。お花も飛ばんようになったなあ。前はようけえ飛んどったんじゃけどなあ。常連客の年寄り達は口々にそう言っている。時はバブル崩壊後だったが、田舎にもとうとう余波がやって来た。ここもその内に潰れてしまうのか。私も小3になり、ある程度は理解している。校外学習に行った際、この劇場の跡地にショッピングモールが出来るのを知っているからだ。
2024年7月16日 09:25
紅子ちゃん、椿山の公民館で銭太鼓やるから一緒に行こ。先生が待ってるって。幼なじみが誘ってきた。うーん、ごめんね。無理かなあ。劇場が潰れてしまい、舞台に立てなくなった私は、民舞へのモチベーションがだだ下がりになってしまった。でも先生がどうしても紅子ちゃんに来て欲しいって。大体の理由は察した。芸事に厳しすぎる師範が怒鳴り散らして教えれば、公民館で習う生徒さんが自動的に減る。イコ
2024年7月18日 15:16
おばあちゃんのおじいちゃんへの悪態は凄まじい。この非国民、所詮なまくら刀、などなど。以前にも書いたが、もはや悪態セラピストだとしか言いようの無い状態。決まっておじいちゃんは背中を丸めて真鍮のキセルを片手に、扇子で仰ぎながら、黙って囲碁を打っている。おじいちゃんのよく居る部屋を見渡すと、妙に高価なものが多い。たまーに使う純銀のキセル、ずっと飾っている大判小判の入った額縁、赤ちゃんの頃の
2024年7月25日 10:23
ひとつ、こっくりとした赤色に煌びやかな細工がしてある玉の付いたかんざしを出された。わぁ、きれい。思わずため息が出た。これはな、おばあちゃんの宝物の1つじゃ。ふっと微笑んで言った。おじいちゃんから16の頃貰ったんよ。まだ鴨居の村におった時にな。鴨居村はここより遥か遠い県境の村だとは学校で学んだ事がある。わしがな、旅一座の座長をしとる時にな、あげたんじゃ。ばあさんに一目惚れしての
2024年7月25日 13:46
わしはな、おばあちゃんに心底惚れたんじゃ。へえで一座を辞めたんじゃ。おばあちゃんがな、不安定な仕事より安定した場所で安定した仕事につかんと嫌じゃ言うけえ。おじいちゃんはその後、水道配管工になったのは知っている。と言うか、そこまでからしか知らない。飲む打つ買うの三拍子が抜けないまま、町中で夜逃げを繰り返してはすぐ捕まり、和裁の腕があったおばあちゃんが細々と家庭を支えていた。かつて