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あぁ、カタブツで愛しきオタンコ茄子

【冬の定番料理ガスパチョ】

シウダー・レアルからアルバセテへと今度は東へ向かう。車での移動は、時間が許すがきり表街道を避け、村と村の間にある「何にもない」を楽しむ。カーブを曲がった先に時おり現れるチーズ直営店、小さなワイナリーや道路脇で野菜を売る露店。どれもこれも、野暮ったい造りなのに温かい風景が頬を緩ませてくれる。

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アルバセテの少し手前の小さな村で一休み。おそらくここが村で唯一のバール。食事の時間を外していたので客はほとんどなく、カウンター奥に、年季の入った土壺が一つ不思議な存在感を放っていた。

気になって店の女性に聞いてみた。壺の中に入っているのは、全長4センチ程度の小ぶりの茄子の漬物だという。「味見をさせて欲しい」と言う私に、彼女は穴の開いたオタマで茄子を一つだけ取り出し、デミカップ用のお皿の上にチョンと乗せてくれた。

プンと嗅覚をくすぐるスパイシーな香りの主はクミン。シリアやギリシア辺りが起源だと言われているこのスパイスは、地中海側のムルシア地方からラ・マンチャ地方で料理に使われているものの、他の地方ではあまり見かけない。

ひよこ豆をペースト状にしたフムスに独特の香りと味わいを添えるスパイスとして知られるようになったのは、ごく近年になってからの話だ。

茄子漬の作り方は、茄子を一旦茹でてから、クミン、にんにく、パプリカ、ワインビネガーといった調味料を合わせた液に漬け込むだけ。アルマグロという村の名物料理で、市販でもよく売られている。

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けれど、祖母から母へ、そして娘へと伝えられたレシピには唯一無二のもの。一つとして同じ味はない。この店の茄子も、今ほど茄子を味見させてくれた彼女の家庭に伝わるもの。こういう素朴な食の中にこそ、彼らが生きてきた、生きるために食べてきた歴史が刻まれているのが分かる。

茄子漬をはじめ、自分たちのために用意した料理は、そのままでは彩り鮮やかとは言い難い。とてつもない安堵感と温和な空気が凝縮されたような料理を、田舎の家に招かれたような気分になりながら楽しめる場所。素朴で、媚びることなく、食べることを大切にする姿勢が沁みる味には飽きることがない。


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こういう店に出会った時には《ガスパチョ・マンチェゴ》を探してみる。

今や、スペイン好きの人なら耳にしたこともあるだろう《ガスパチョ・マンチェゴ》は、野ウサギ・雉や山鳩といった野鳥を柔らかく煮込んだものにレバーでコクをつけ、最後にトルタという平たいパンを加える。

つまり、タイミングによってはパンが程よく煮込まれていなかったり、水分を吸い過ぎたりして、一番美味しい時に食べるのが難しい。家庭的な小さな店でこそ食べてみたいのがこの料理。

ジビエの持つクセを消すために、胡椒やオレガノ、タイムといった香草も欠かせない。同時に、それぞれのハーブやスパイスに健康維持の効能があることを、この国の人は知っている。

それはきっと、「ショウガは身体を温め風邪をひきにくくする」「シソの葉は消化を助け、防腐作用がある」といったことを、誰に教えられたでもなく知っているように、ハーブやスパイスの多くは、彼らにとっては普段の生活に寄り添う自然な存在だといえる。

一般によく知られた夏に美味しい冷たい野菜スープ《ガスパチョ・アンダルス》とは全く異なる冬の狩猟期の定番料理《ガスパチョ・マンチェゴ》。

フルボディのタンニンのしっかりした赤ワインで楽しむ冬のガスパチョは、ピリリとした黒胡椒や絶妙にミックスされた香辛料がアクセントになって、お腹の底まで温まる一品である。

ちなみにこの、レバーで料理にコクを加えるという調理法は、14世紀後半から15世紀にかけて、ヨーロッパにバター文化が浸透する以前から既に存在している。

さらに、他のヨーロッパ諸国に比べ、バターよりもオリーブオイルを多用し、イスラム文化の影響を強く受けるスペインでは、レバーや卵黄、アーモンド、胡桃などを使って料理にコクを出すという調理の仕方は珍しくなく、エストレマドゥラ地方にもこれと類似の料理がある。

いずれも、東西に横渡る乾燥した台地メセタ上にあるという地理的条件から、ラ・マンチャ地方とエストレマドゥラ地方には同じような料理が多く存在している。

花形の型に生地をつけて揚げるカーニバルの揚げ菓子《フロール》もその一つ。

ところが面白いことがある。

この《フロール》という揚げ菓子は、エストゥレマドゥラ地方を北上したカスティージャ・イ・レオン地方、アンダルシア地方でも復活祭のお菓子として売られている。

さらに、ラ・マンチャ地方の人だけでなく、どこの地方の人に聞いても「ここが本家本元よ!他の場所のフロールは偽者よ!」と堂々と言ってのけるのだ。

『お好み焼き』と『もんじゃ焼き』が似て非なるもので、東西の両方で本家と名乗るのはよく分かる。しかし、粉を練って花の形に揚げただけの《フロール》の、一体どこに地方色が隠されているのかヨソモノには分からない。

これこそ、スペイン人の自分たちの土地に対する頑固なまでの博愛精神だと思っている。



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アルバセテから北西40キロほど離れたラ・ロダに住む友人であり、大工のエミリアノは、午前中の一仕事を終えると、いつも同じ時間に同じバールにやって来る。ここで、いつもと同じように《アホ・アリエロ》や《モルテルエロ》を肴に、赤ワインと白ワインを半量ずつ注ぎ合わせたものを美味しそうに飲み干すのが彼の日課。

どちらもペースト状の料理で、《アホ・アリエロ》というのは塩抜きしたバカラオ(干し鱈)、ジャガイモとニンニク。《モルテルエロ》は、豚レバーをメインに野ウサギ、山うずら、その他の野鳥肉などから作られている。

エミリアノはこれらのペーストを山盛りパンに塗って交合に食べるのが大好きで、さらに、食事の締めに、自分の指定席となっているテーブルから座ったままでバールの主人に向けて叫ぶ。

「フー・ロス!!」

一体、何の呪文なんだ?と、キョトンとする私をよそに、不愛想なオーナーが慣れた手つきで無言でショットグラスに並々とウィスキーを注いでいく。ボトルを見て、ようやく呪文が解けた。見覚えのある4つの赤い薔薇。

……「フォアローゼス」だった。

そして、別れ際には決まって、自分の村の名物菓子《ミゲリート》を、村から公道に出る手前にある小さな店で買って行けと勧めるエミリアノ。日焼けした厳つい顔を緩め。大口を開けて笑う彼には、左下の歯が一本ない。

彼にとっては、赤ワインと白ワインを混ぜたものがクラレーテ(本当のクラレーテは別物)、仕上げのウィスキーがフー・ロスで、地元のお菓子をこよなく愛す。

オタンコ茄子。カタブツで愛しき素朴な人たち。

誰が何を言おうと構わない。好きなもの、大切なものをちゃんと主張し、欠けた歯を見せながら堂々と笑っている彼をちょっぴり羨ましく思う。


ちなみに、《ミゲリート》は、4x5センチぐらいのラードを練り込んだパイ生地に、カスタード・クリームがたっぷり入っているお菓子で、上面には丁寧に粉砂糖がかけられている。

これが不思議に甘くなくて、あっさりとして美味しい。99%のスペインのお菓子は日本人の口には甘すぎる。けれど、このお菓子は1%の方に入る。スペインのお菓子の中では美味しいお菓子のトップ10に絶対入る。

とエミリアノが言っていたので書いておく。


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そう、言い忘れたことがある。綺麗に洗って塩漬けにした羊の腸を乾燥させ、ぶどうの木の枝に巻き付けてある《サラホス》という料理もこの辺りの名物。

全長で拳くらいの大きさのそれを、厚み1センチほどの輪切りにし、渦巻状になった腸を鉄板の上でカラリと焼き付ける。想像するような生臭さはなく、香ばしい木の香りが立ち上ってくる。仕上げにパセリとニンニクのソース《サルサ・ベルデ》をたっぷり回しかけると、皿の上で、荒野に放たれた羊たちが一気に草原に飛び出したように色鮮やかに変身する。

ラ・マンチャ地方は、ニンニクの産地として世界的に有名でもあり、強壮作用が強く、免疫力を高めるニンニクは、古代エジプトではピラミッド建設に従事する労働者や奴隷に、古代ローマ帝国でも戦士たちがニンニクを食べながら戦ったとされている食材。現在でも、ニンニクはパセリと並んで、スペインで最も多用されている調味食材でもある。

薄くスライスして扇形に薄く並べられた羊乳の熟成チーズと、茄子漬と同じようなテラコッタのポットに入った自家製ワイン。これらがテーブルに並べればもう充分満足。《サラホス》は出来立てが命。冷めないうちに口へ入れると、かすかな苦味が赤ワインと交わり程よく緩和されていく。

やがて、グルグル巻きの《サラホス》を見ながら思い始める。回っているのは羊の腸なのか自分の頭なのか……。


食べて生きるということをこの国の人たちは知っている。狩猟期に楽しむ料理、自分たちが飼育する羊の乳から造られるチーズ、そして、畑のブドウから造られるワイン。命を繋ぐための自然からの恵みをしっかりお腹に詰め込む。

モリスコス文化の名残をたっぷりと楽しめるラ・マンチャ地方。美味しい食べ物はゴロゴロ転がっていて挙げるとキリがない。おかげで、こうして歴史や暮らしに寄り添う食への興味は尽きないけれど、後ろ髪を引かれる思いでアラゴン地方へ出発する。エミリアノに言われた通り、クリーム入りのミゲリートを手土産にして。


⇒次の目的地:テルエル


【トルティージャライブのお知らせ】

毎週水曜日の開催しているSpaces『食べて生きる人たちの広場』では、お陰様で予想以上の盛り上がりを見せている第二回トルティージャ祭 #トルティージャ100 のワークショップとして、ZOOMを使ってサクッと一緒に作ってみる実践ライブを予定しています。

《一緒に作ってみようトルティージャLIVE》
開催日:11月24日(水)20:00~
準備するもの:フライパン/卵/具にする食材  

以上!



よって、Spacesはお休みになりますのでご了承ください。
ZOOMついての詳細は、のちほどご紹介させていただきますので、参加希望の方は私までご連絡くださいね。

尚、参加者の希望によって、1時間早い19:00になる可能性があります。

皆さんと、楽しい時間が過ごせますように!


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